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第3話 聖女の力、証明

「——急げ! 早く負傷者を運び込め!」

「こちらに包帯と綺麗な水を! 急患だ!」


怒号が飛び交う。血と泥と、膿の臭い。

王都の郊外にある軍の療養所。それが私の初めての仕事場だった。

辺境で魔獣討伐にあたっていた部隊が帰還し、多数の負傷者が出たらしい。


「聖女様、危険です! これ以上はお下がりください!」

神官たちが慌てて私を止めようとする。

無理もない。清潔で神聖な王宮とは真逆の、むせ返るような死の気配。

野戦病院もかくやという凄惨な有様だ。


だが、私は完璧な聖女スマイルを浮かべ、首を横に振った。


「構いませんわ。皆様、命懸けでこの国を守ってくださったのですから」

「しかし、血の穢れが聖女様に……!」

「私の癒しを待つ方がいるのです。止めないでくださいな」


凛とした声で告げると、神官たちは感涙に咽びながら道を空けた。

チョロい。


——前世の銃撃戦の跡地に比べれば、なんてことはない。

——血の匂いなど、安物の香水よりも嗅ぎ慣れている。


私は純白のドレスの裾が汚れるのも構わず、最も重傷の患者のもとへ歩み寄った。

腹部を深く抉られ、息も絶え絶えの若い兵士だ。

顔は土気色。出血量からして、数分の命だろう。


「誰か、止血を! 早く!」

同行したメルが必死に立ち回っているが、焼け石に水だ。

物理的な治療では、もう間に合わない。


「大丈夫ですわ。もう、苦しまなくていいのですよ」

私は兵士の胸元にそっと両手をかざした。

前世なら「心臓を止めてとどめを刺す」動きだが、今は違う。


癒しの光(ルミナ・サナトリオ)


祈るように目を閉じ、体内の魔力を練り上げる。

次の瞬間、私の両手から目も眩むような純白の光が溢れ出した。

光は温かい波となって、兵士の傷口へと吸い込まれていく。


バキバキと、骨が繋がる音が響く。

みるみるうちに肉が盛り上がり、致命傷だった傷が完全に塞がっていく。

失われた血液さえも補填されたように、青白かった顔に赤みが戻る。

微弱だった呼吸が、力強さを取り戻した。


——すごいな、これ。

——細胞の再生速度を異常なレベルで加速させているのか?


暗殺者としての冷静な分析とは裏腹に、周囲の反応は劇的だった。


「う、あ……? 痛みが、消えた……?」

起き上がった兵士が、自分の腹を撫で回して呆然としている。

傷跡一つ残っていない。


「き、奇跡だ……!」

一人の神官が震える声で叫び、その場に崩れ落ちた。

「奇跡だ! 聖女様が、奇跡を起こされたぞ!!」


「おおお! 神よ、大いなる光よ!」

「聖女様、万歳! リーゼロッテ様、万歳!!」


療養所中の人々が次々と平伏し、狂喜の声を上げる。

通常の回復魔法では、小さな切り傷を数日かけて治すのが限界だと聞いている。

瀕死の重傷を数秒で完全回復させる私の「聖光魔法」は、まさに規格外の力だった。


——目立ちすぎるのも考えものだが、今はこれでいい。


群衆の熱狂的な視線を浴びながら、私は内心で計算する。

これで「聖女としての絶対的な権威」は確立された。

民衆の絶対的な支持があれば、宰相や神殿長もうかつに手を出せなくなるはずだ。

自分の身を守るための、最強の盾である。


「さあ、次の方。どんどん癒してさしあげますわよ」

私は微笑みながら、次々と患者を治療していった。

歩く暇もない。かざした手から放たれる光が、あらゆる傷や病を消し去っていく。

文字通り、触れるだけで人が救われていく。


——この回復魔法、本当に便利すぎる。


傷は一瞬で塞がり、失われた命の火が再び灯る。

前世の私が、どれだけ血の滲むような努力をしても手に入らなかった力。


ふと、記憶がフラッシュバックした。


——冷たい雨の降る、暗い路地裏。

——私の腕の中で、徐々に冷たくなっていく小さな体。

——『……しなないで。お願い、めをあけて』

——どんなに止血しても、溢れる血は止まらなかった。

——私の手は、命を奪う技術しか知らなかったから。


(……前世の私に、この魔法があったなら)

(あの子を、死なせずに済んだのだろうか)


胸の奥が、ちくりと痛んだ。

だが、すぐにその感傷に強固な蓋をする。

過去を悔やんでいる場合ではない。私はもう、冷徹な殺し屋ではないのだから。


「聖女様、本当にありがとうございます……!」

「この御恩は一生忘れません!」

泣きながらすがりつく患者たちに、私は優しく微笑みかけた。


「神の御加護があらんことを。どうか、お健やかに」


——今は目の前の命を救う。それが、今世での私の役割だ。

——守るために、この力を使うと決めたのだから。


そう思い直した時だった。

療養所の奥、薄暗い一角に隔離されている患者たちのベッドに向かった。

他の兵士たちとは違い、異様に静かな区画だ。


「まあ、ひどいお怪我……すぐに癒しましょうね」

私は聖女スマイルのまま、包帯に覆われた男の腕に触れた。

魔力を流し込むため、傷口の様子を観察する。


その瞬間。

私の暗殺者としての「目」が、ある決定的な違和感を捉えた。


——ん? なんだ、この傷は。


刃物で斬られたものではない。

魔獣の鋭い爪や牙による損傷でもない。

これは……焼けた鉄の棒を、何度も皮膚に押し当てられた痕だ。


——この傷……戦場でつけられたものじゃない。

——間違いなく、プロによる拷問の痕だ。


それだけではない。

焼け爛れた皮膚の周囲に、うっすらとだが、焼印の形状が残っていた。

それは見間違えようもない。

二頭の獅子が剣を交差させる精緻なデザイン。


——聖レティシア王国の、王家の紋章入り器具による火傷。


私の冷徹な思考が、即座に一つの結論を導き出す。

この男は、味方であるはずの王国側から拷問を受けている。

そして、その事実を隠蔽するために「戦場で負傷した」ことにして、ここに隔離されているのだ。


「……」

私は無言のまま、男の顔を見下ろした。

意識はなく、高熱にうなされている。


「聖女様? どうかなさいましたか?」

後ろから、メルが不思議そうに声をかけてきた。


「いえ。なんでもありませんわ」

私は振り返り、最高に愛らしい笑顔を作った。


「ただ……少し、根の深い傷のようですから。丁寧に"治療"しなくては」


平和と慈愛の象徴である、美しい聖女。

だが、その足元にはすでに、腐臭を放つ王国の深い闇が口を開けていた。


——なるほど。

——ただの回復役ヒーラーで終わらせてくれるつもりは、ないらしい。


味方の中に、彼をここまで痛めつけた敵がいる。

私の仮面の下で、冷たい殺意が静かに鎌首をもたげた。



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