表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/9

第5話 最初の暗殺未遂

「聖女様、本日の夕食をお持ちいたしました!」


メルの明るい声とともに、豪奢なワゴンが運び込まれた。

銀のドーム型の蓋が開けられると、湯気を立てる肉料理が現れる。

食欲をそそる素晴らしい香りが漂う。だが。


——ん?


私の嗅覚が、香辛料の奥に隠された微かな「異臭」を捉えていた。

見た目は完璧な煮込み料理だ。

しかし、ソースの照りの中に、不自然な濁りが混ざっている。


——トリカブト系の遅効性毒か。


致死量には達していないが、確実に内臓を蝕むよう計算された量。

素人ならスパイスの香りで完全に騙されるだろう。

だが、私には通用しない。

前世で、この手の毒を標的のグラスに盛ったことは数え切れないほどある。


「……どうかなさいましたか? 聖女様」


毒見役を兼ねている護衛騎士のクロードが、怪訝そうに眉を寄せる。

私が「毒が入っている」と騒げば、大事になる。

だが「プロ顔負けの毒の知識がある無垢な聖女」など、不自然極まりない。


「いいえ、なんでもありませんわ」


私は優雅に微笑み、料理の皿にそっと両手をかざした。


「ただ……少しだけ、お料理に『不浄な気』が混ざっているようですの」

「不浄な気、ですか?」

「ええ。でもご安心を。——癒しの光(ルミナ・サナトリオ)


純白の光が、皿全体を優しく包み込む。

聖光魔法は、あらゆる不調を治す究極の回復魔法。

対象が無機物であっても、「毒」という異常状態を物理的に「浄化」できる。

光が収まった後、ソースの不自然な濁りは完全に消え去っていた。


「浄化いたしましたわ。これで美味しくいただけますわね」


私が一口食べると、メルが目を輝かせた。


「す、すごいです聖女様! お食事の不浄までお清めになるなんて!」


クロードは呆然としている。

——まさか私が、仕込まれた毒を一瞬で無効化したとは夢にも思っていないだろう。


その夜。

深夜の王宮は、水を打ったような静寂に包まれていた。

私はベッドを抜け出し、音もなく自室の扉を開けた。


「気配遮断」のスキルを発動する。

呼吸音、足音、さらには体温や心音すら極限まで抑え込む。

廊下に立つ神殿騎士たちの真横を通り抜けても、風が吹いたとしか思われない。


向かった先は、王宮の裏手にある使用人用の居住区だ。

昼間の配膳係の中で、一人だけ異様に脈拍が早く、視線を泳がせていた下女がいた。

当たりはついている。


薄暗い部屋の前。

扉の隙間から覗き込むと、怯えた顔の下女が、小さな小瓶を震える手で床下に隠そうとしていた。


——ビンゴ。あの小瓶の底に残っているのは、間違いなく毒だ。


このまま踏み込んで尋問するのは簡単だ。

しかし、それでは私の「聖女」としての立場が危うくなる。

優秀な暗殺者は、決して自らの手を汚さない。


私は音もなく、窓の隙間から小石を投擲した。

狙う先は、部屋の隅にある鉄製の燭台。


カーンッ!


静寂の夜に、甲高い金属音が響き渡る。


「ひっ!?」


驚いた下女が、隠そうとしていた毒の小瓶を床に落とす。

パリン、と瓶が割れる音。

その物音に気づき、ちょうど見回り中だった神殿騎士たちが一斉に駆けつけてきた。


「何の騒ぎだ!」

「お、お待ちください! これは違います、私はただ——」

「それは……毒薬の瓶か!? 貴様、何者だ!」


翌朝。

王宮はちょっとした騒ぎになっていた。

昨夜の下女が、聖女の食事に毒を盛ろうとした罪で捕らえられたのだ。

彼女の部屋からは、宰相派の貴族と繋がっている証拠が次々と出てきたらしい。


「聖女様に何事もなくて、本当によかったです……!」


メルが涙目で私の手を握る。


「心配をかけてごめんなさいね。神の御加護がありましたから、私は平気ですわ」


私はいつもの可憐な聖女スマイルで微笑む。

事態の報告に訪れたのは、他でもない宰相マルクス本人だった。


「この度は、我が管轄の下女がとんでもない不始末を。心よりお詫び申し上げます」


深々と頭を下げるマルクス。


「全く、恐ろしいことです。あのような狂信的な女が紛れ込んでいたとは……部下の独断とはいえ、私の管理不足。いかようにも処罰をお受けします」


見事なトカゲの尻尾切りだ。

「狂信的な女の単独犯」として、全ての罪を下女一人になすりつけた。

おそらく、あの下女は今夜あたり地下牢で「不審死」を遂げるだろう。


「お顔を上げてくださいませ、マルクス様」


私は慈愛に満ちた声で応じる。


「あなたが気になさることはありませんわ。罪を憎んで人を憎まず、ですもの」

「おお……なんと慈悲深い」


感動したように演技を続けるマルクスを見下ろしながら。

私の内心は、極北の氷のように冷え切っていた。


——切り捨てが早い。慣れている。

——この男、聖女を"処分"するのは初めてではないな。


私の目の奥で、暗殺者の直感が静かに警鐘を鳴らす。

前代の聖女は、本当に病死だったのか?

平和な王宮の裏に潜む、果てしなく深い闇。


さて。私の"治療"は、まだまだ長引きそうだ。



--------------------------------------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ