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第37話 戦火の聖女

「撃てぇぇぇッ!!」


帝国軍の陣陣から轟いた号令とともに、空が真っ黒に染まった。

数万の矢と、魔導砲から放たれた灼熱の火球が、防衛線に陣取る私たちの頭上へと降り注ぐ。


「聖女様をお守りしろ! 盾兵、前へ!」

クロードの裂帛の気合が響き、近衛騎士たちが分厚い鋼の壁を構築する。

だが、十万の軍勢が放つ質量の暴力は、たった二万の王国軍を容易く粉砕しうる威力を持っていた。


「……皆様、恐れることはありませんわ」


私は前線に歩み出て、両手を天へと掲げた。


「光よ、我らを守る絶対の盾となれ。——大結界ルミナ・アイギス


私の全身から溢れ出した純白の魔力が、ドーム状の巨大な防壁となって王国軍全体を包み込む。

直後、雨あられと降り注いだ矢と火球が結界に激突し、凄まじい轟音と閃光を撒き散らした。


「おおおっ! 弾いたぞ!」

「聖女様の結界だ! 我らには神の御加護がある!」


王国軍の兵士たちが歓喜の声を上げる。


(——馬鹿ね。結界だけで十万の軍勢が止められるわけないでしょうに)


私は慈愛に満ちた微笑みを崩さず、内心で冷酷に戦況の盤面を計算していた。

この大結界は魔力消費が激しい。防衛戦を長引かせれば、いずれ私がジリ貧になる。


ならば、どうするか。

答えは簡単だ。敵の「手足」と「目」を、気付かれないように切除すればいい。


「癒しの光よ、戦う者たちに勇気を!」


私は結界を維持したまま、さらに別の聖光魔法を展開した。

戦場全体を覆うほどの、強烈な目眩ましの光。

敵も味方も、あまりの神々しさに思わず目を細める。


(——今よ)


私は法衣の袖口から、即効性の猛毒を塗った十数本の暗器(隠し針)を指の間に挟み込んだ。

そして、光の乱反射に紛れて手首をスナップさせる。


音もなく放たれた死の針は、前衛で指揮を執っていた帝国軍の百人隊長たちの首筋や眼球へ、狂いなく吸い込まれていった。


「がっ……!?」

「隊長!? どうした、いきなり倒れ——」


前線のあちこちで、指揮官たちが次々と馬から転げ落ちる。

外傷はほぼ無い。帝国兵たちには、彼らが突然の心臓発作で死んだようにしか見えないはずだ。


「敵の動きが止まりましたわ! クロード、今です!」

私が声を張り上げると、クロードが即座に反応した。


「指揮系統が崩れたぞ! 突撃ィィッ!!」


白銀の鎧を血に染めたクロードを先頭に、王国軍が怒涛の反撃を開始する。

頭を潰された帝国軍の前衛は、またたく間に蹂躙され、後退を余儀なくされていった。


(よし。まずは第一波、完全撃退ね)


私は内心で舌打ちを一つし、結界の出力を調整する。

圧倒的な不利な状況からの、局地的な大勝利。

兵士たちの士気は最高潮に達していた。


「聖女様! 背後から伏兵です!」


不意に、後方で警戒に当たっていたメルの鋭い声が響いた。

見れば、乱戦に紛れて大回りしてきた帝国の暗殺部隊「黒牙」の兵士数名が、私の首を狙って背後から跳躍しているではないか。


「させませんっ!」


メルが地を蹴り、宙に浮いた暗殺者たちの懐へ潜り込む。

彼女は私が教えた隠密歩法を完璧に使いこなし、最小限の動きで敵の関節を極め、急所へ短剣を突き立てた。


「があっ……!」

「嘘だろ、ただの侍女が……!」


瞬く間に、数人のプロの暗殺者がメルの足元に転がった。


「見事ですわ、メル!」

「はいっ! リーゼ様はお守りします!」

メルが誇らしげに胸を張る。

彼女はもう、立派な戦士として開花していた。


味方の頼もしい成長と、完璧な防衛戦。

今のところ、戦況はこちらの思惑通りに進んでいる。


だが、その直後だった。

倒れた「黒牙」の暗殺者の一人が、死の間際に私の足元へ小さな羊皮紙の丸薬を吐き出した。


(……伝文?)


私は周囲の目を盗み、それを拾い上げて広げた。

書かれていたのは、見覚えのある流麗な帝国の暗号文字。

ヴィクトルからだった。


『——皇帝は、味方の命すらも魔力に変換する禁術を起動した。奴はもう、人間ではない』


私の背筋を、強烈な悪寒が駆け抜けた。

遠く地平線の彼方。皇帝ルドヴィークの乗る巨大な馬車から、ドス黒い瘴気のような魔力が、天を衝くように噴き上がり始めていた。

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