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第35話 戦場への決意

「私が、前線へ赴きますわ」


王宮の円卓会議室。私のその言葉に、国王アルベルト三世をはじめとする居並ぶ貴族たちが一斉に息を呑んだ。


「馬鹿な! カルバニア帝国十万の軍勢が迫っているのですよ!? 聖女様をそのような危険な最前線へ出せるわけがない!」

「いいえ。皆様が血を流している時に、私だけが安全な後方に隠れているわけにはいきません」


私は国王を真っ直ぐに見据え、凛とした声で告げた。

「私は聖女として、この国を守りますわ」


(——前世は戦争を仕掛ける側だった。暗殺で国を混乱させ、火種を撒き散らしてきた。でも、今世は違う。私は、守る側に立つ)


私の揺るぎない決意に、会議室は静まり返った。

狂気の皇帝ルドヴィークが私の心臓を狙っている以上、私が王都に引きこもっていても、奴は国中を焼き尽くしながら必ずここまでやってくる。

なら、被害が拡大する前に、私から出向いてあの狂人の首を刎ねるのが最も合理的な「治療」だ。


その夜。

出陣の準備を進める私の部屋を、クロードが訪れた。黒髪金眼の彼は、いつになく真剣な表情をしていた。


「クロード。荷造りならメルが手伝ってくれていますわよ?」

「……リーゼ。少しだけ、俺の話を聞いてくれませんか」


クロードは私の前に立ち、ゆっくりと口を開いた。


「以前、辺境へ向かう馬車の中で……俺は、前代の聖女様に命を救われた過去を話しましたね」

「ええ。覚えていますわ」

「俺は、あの方への恩返しのために騎士になった。あ方が無惨に殺されたと知った時、俺の剣は復讐のためのものになりかけた。……でも」


クロードは、大きな手で私の小さな両手をそっと包み込んだ。


「あなたに出会い、あなたがこの国の人々を……そして俺を、何度も救ってくれた。俺はもう、過去の幻影のために剣を振るうのはやめます」

彼の金色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。

「俺の命も、この剣も。……すべては、今の聖女であるあなた、リーゼを守るためにある」


「クロード……」

私は、彼の真っ直ぐすぎる言葉に、胸の奥がギュッと締め付けられるのを感じた。


彼に真実を話すべきだろうか。私が、彼が思っているような清らかな聖女ではなく、血に塗れた殺し屋だということを。

私がためらっていると、クロードは優しく微笑んだ。


「リーゼ。俺はずっと感じていた。あなたには秘密がある。でも——聞かない。あなたが話してくれるまで待つ」


ドクン、と心臓が跳ねた。

前世からずっと、裏切りと疑心暗鬼の中で生きてきた。私の正体を知れば、誰もが離れていくと思っていた。

なのに、この不器用な騎士は、私の抱える深い闇ごと、全てを受け入れて待つと言ってくれている。


「……ずるいですわね、クロードは」


私の視界が、不意に滲んだ。

暗殺者は泣かない。泣く資格などないと思っていたのに。

リーゼの目から一筋の涙が、頬を伝ってこぼれ落ちた。

クロードは何も言わず、その涙を指先でそっと拭ってくれた。


そして、翌朝。

王国軍の精鋭を率い、私たちは王都を出発した。

目指すは、帝国軍が迫る国境の防衛線。


(——さあ、ルドヴィーク。私の命が欲しいなら、力尽くで奪いに来なさい。極上の暗殺術で歓待してあげるから)


馬車が地響きを立てて進む中、血相を変えた伝令が前方から馬を飛ばしてきた。


「ほ、報告します!!」

伝令の悲痛な絶叫が、朝の冷たい空気を引き裂く。

「帝国軍、国境を越えました! 先頭に——皇帝自らが立っています!」


いよいよ、私の命とこの国を懸けた、最大の戦争が幕を開けた。


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