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第31話 王宮奪還戦

「メル、前方の気配は?」

「曲がり角の先に三人。……足音の重さからして、重武装の帝国兵です」


王宮の地下に広がる薄暗い隠し通路。

私たちは、宰相マルクスに囚われている国王陛下を救出するため、本丸を目指して音もなく進んでいた。


「ありがとう、メル。クロード、右の二人をお願いできますか? 残り一人は私が」

「承知しました」


(——メルの隠密行動、完全に板についてきたわね。私の教え子ながら末恐ろしいわ)

内心でドヤ顔をしながらも、私は「光の導きですわ」と完璧な聖女の微笑みを崩さない。


クロードが影のように飛び出した。

「なっ、貴様ら——」

帝国兵が声を上げるより早く、白銀の剣が鎧の隙間——首元の動脈を正確に斬り裂く。

同時に私は、残る一人の死角へと滑り込み、背後から首筋に麻痺毒の隠し針を突き立てた。


「がっ……」

無音の制圧。兵士たちは崩れ落ち、ピクリとも動かなくなる。


「これで、地下ルートの敵はあらかた片付きましたわね」

「ええ。この先の『旧祈祷室』を抜ければ、本丸の最上階へ直結する隠し階段に出ます」

クロードが剣の血糊を払いながら答えた。


旧祈祷室。

かつて前代の聖女が祈りを捧げていたという、今は使われていない空間だ。

重厚な木の扉を押し開け、中に足を踏み入れた瞬間——。


「……あ、れ?」

メルが小さく声を漏らした。

月明かりしか差し込まないはずの部屋の中央が、淡い、どこか温かな光に包まれていたからだ。


光は徐々に人の形を成していく。

純白の法衣。長く美しい金糸の髪。

透き通るようなその姿は、間違いなく生身の人間ではなかった。


「……あなたは」

クロードが、弾かれたように前に出た。彼の声が、かつてなく震えている。


「……あぁ。立派な騎士になりましたね、クロード」


光の中の女性が、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

前代聖女。その残留思念ゴーストだ。

この王宮に渦巻く強大な魔力と、彼女自身の無念が、この場所に魂の残滓を留めさせていたのだろう。


「聖女様……! なぜ、このような所に」

クロードが床に膝をつき、祈るように両手を組む。


「ごめんなさいね。あのような、悲しい嘘をついてしまって」

前代聖女の瞳から、光の粒が涙のようにこぼれ落ちた。


「宰相と神殿長に、力を奪う術式を埋め込まれました。……私は耐えきれず、自ら魂を砕くことしかできなかった。……でも、あなただけでも生きてくれて、本当によかった」


「……ッ!」

クロードが、ギリッと歯を食いしばり、床に額を擦り付けた。

彼の大きな背中が、声なき嗚咽に震えている。


前代聖女は、次に私の方を向いた。

「新しい、光の申し子よ。……どうか、私の分も、あの子を……この国を守って」


「……ええ。お任せくださいな」


私は、一歩前に出た。

聖女としての仮面も、慈愛の演技も、今の私には必要なかった。

私はただ、一人の「暗殺者」として、真っ直ぐに彼女の魂を見据えた。


「あなたを切り刻んだ連中は、私が必ず地獄へ送ります。……最高の『治療』を施して」

「……ふふっ。頼もしいこと。……ありがとう」


その言葉を最後に、前代聖女の光はふわりと空気中に溶けて消え去った。

暗い祈祷室に、再び静寂が戻る。


「……クロード」

私が声をかけると、彼はゆっくりと立ち上がった。

その金色の瞳には、もう涙はなかった。代わりに、決して折れることのない強靭な剣のような光が宿っている。


「行きましょう、リーゼ。……諸悪の根源を、断ち斬りに」

「ええ。メルの裏帳簿も、王様に直接お渡ししなくてはなりませんものね」

メルも力強く頷き、革表紙の帳簿を抱え直した。


隠し階段を駆け上がり、本丸の最上階へ。

重厚な両開きの扉の向こうから、宰相マルクスの下劣な笑い声が聞こえてくる。


『さあ陛下! 早くこの譲位の書類にサインを! さもなくば帝国軍が王都を火の海に——』


(——御託はそこまでよ、クソタヌキ)


ドオォォンッ!!

私は聖光魔法を込めた前蹴りで、王の寝所の分厚い扉を木っ端微塵に吹き飛ばした。


「な、何事だ!?」

驚愕して振り返る宰相と、彼を護衛する数十名の帝国兵。


「夜分遅くに失礼いたしますわ、宰相様」

私は舞い散る木端の中で、最高に美しく、冷酷な微笑みを浮かべた。


「あなたに処方する劇薬を持参いたしましたの。——さあ、お口を開けて?」



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