第30話 王都炎上
「——ッ! リーゼ、窓から離れて!」
クロードの叫びと同時に、鼓膜を劈くような轟音が夜空を引き裂いた。
ドオォォンッ! という地響き。
窓ガラスがビリビリと震え、王都の北側から真っ赤な炎が上がるのが見えた。
「門が……開かれましたわ」
「ええ。帝国軍の先遣隊が、市街地になだれ込んでいるようです」
クロードが剣の柄を握りしめ、ギリッと歯を食いしばる。
メルは持ち帰った裏帳簿を抱きしめ、青ざめた顔で震えていた。
(——本当にやりやがった)
私の内心で、ドス黒い殺意が沸騰した。
自分の政治的保身のために、罪のない何万もの民が住む王都を、他国の軍隊に売り渡す。
権力者の腐敗は前世で腐るほど見てきたが、ここまで胸糞の悪い外道は久しぶりだ。
「リーゼ。ここもすぐに危険になります。裏口から王宮を脱出しましょう」
クロードが私を庇うように前に出る。
「逃げる? 私が、ですの?」
私は小首を傾げ、ふわりと微笑んだ。
「王都の民が傷ついているのに、私だけが逃げるわけにはいきませんわ。……それに、私はこの国の『聖女』ですもの」
——それに、あんなクソタヌキ(宰相)に背中を見せて逃げるなんて、私のプライドが許さない。
私が踵を返し、扉へと向かう。
「リーゼ……! わかりました。俺が、あなたの道を切り拓きます」
クロードが覚悟を決めた顔で頷いた。
「私も行きますっ! 聖女様をお守りします!」
メルも腰の短剣を抜き、私の後に続いた。
王宮の門を抜けた先の市街地は、阿鼻叫喚の地獄だった。
「ひぃぃっ! た、助けてくれ!」
「ヒャッハー! 抵抗する奴は殺せ! 聖女を探し出せ!」
黒と赤の軍服——帝国の兵士たちが、逃げ惑う民衆に無差別に剣を振り下ろそうとしていた。
およそ五十人の小隊。
略奪と破壊を楽しむ、底辺のクズどもだ。
「やめなさいっ!」
私が凛とした声を上げると、兵士たちの視線が一斉にこちらに向いた。
「おい、見ろ! 銀髪に白い法衣……本物の聖女だぞ!」
「でかした! 生け捕りにすれば皇帝陛下から莫大な恩賞が——」
「貴様ら、その汚い口を閉じろ」
クロードが地を這うような低い声で凄み、瞬きする間に前衛の兵士三人を斬り捨てた。
圧倒的な剣技。だが、敵は多勢だ。
「ちぃっ、手強いぞ! 弓兵、構え!」
後列に控えていた十数人の弓兵が一斉に矢をつがえ、私に向かって狙いを定めた。
「リーゼ、下がって!」
クロードが叫ぶが、私は動かない。
(——弓兵の射線、完全に見切ったわ。甘すぎる)
「光よ、我らを守りたまえ。絶対防壁」
私が両手を広げると、眩い純白の光が半球状の結界となって私たちと背後の民衆を覆った。
カンッ、キンッ! と、飛来した矢が光の壁に弾かれて無力に落ちる。
「な、なんだこの硬い結界は!?」
「ひるむな! 魔法の壁だ、魔力が尽きるまで撃ち続けろ!」
帝国兵たちが怒号を上げる。
だが、彼らは気づいていない。
私が放った強烈な光が、彼らの「視界」を白く飛ばし、私を直視できなくさせていることに。
(さて。目障りな後列から"切除"するわよ)
私は結界の維持を左手のみで行い、空いた右手を法衣の袖口に滑らせた。
指の間に挟んだのは、ガレノス様特製の「即効性麻痺毒」を塗った五本の隠し針。
——気配遮断。無音投擲。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
光の乱反射に紛れ、一切の軌道を見せずに放たれた針が、弓兵たちの首筋や関節の隙間に次々と吸い込まれていく。
「がっ……!?」
「あ、れ……? 体が、動か……」
バタバタと、弓兵たちが糸の切れた操り人形のように倒れ伏した。
「な、何が起きた!? なぜ弓兵が倒れる!」
混乱する前衛の兵士たち。
その隙を、王国最強の騎士が見逃すはずがない。
「はぁぁッ!」
クロードの白銀の剣が閃き、残る兵士たちを瞬く間に無力化していく。
さらに、隙を突こうとした兵士を、メルが低い姿勢からの見事な体術で足を払い、気絶させた。
「や、やった……!」
メルが息を弾ませて喜ぶ。
わずか数分。
五十人の帝国兵は、完全に沈黙した。
「聖女様……! 聖女様が、お救いくださった!」
「奇跡だ! 神の御遣いだ!!」
背後で震えていた民衆たちが、涙を流して私の前に跪く。
「もう大丈夫ですわ。皆様、安全な大聖堂へ避難を」
私は完璧な慈愛の微笑みを振りまきながら、密かに手元の隠し針を回収した。
「……見事な指揮と、"結界"でした。リーゼ」
剣の血糊を払いながら、クロードが私の隣に立つ。
彼の目は、倒れた弓兵の首筋に赤い斑点(針の跡)があることに気づいていたが、決して口には出さない。
「ええ。クロードとメルのおかげですわ」
私は頷き、彼らと共に王都の中心を見据えた。
まずは第一波を退け、民衆の避難経路を確保した。(プラスの状態)
しかし、これはまだ前哨戦に過ぎない。
「証拠の裏帳簿は手に入りました。あとは、これを国王陛下に直接叩きつけるだけですわね」
「はい。ですが、宰相マルクスがこの状況で、王宮の奥にいる陛下を放っておくとは思えません」
クロードの言葉に、私も同意する。
その時だった。
王宮の最も高い塔——国王の寝所がある本丸から、ドス黒い魔力の信号弾が夜空に打ち上がった。
(——国王を確保し、クーデターの完了を宣言する合図ね)
「遅かったようですわね。……でも、都合がいいですわ」
私は冷たく、凄惨な笑みを浮かべた。
宰相が王宮に立て籠もってくれたのなら、私たちが向かう場所は一つしかない。
「さあ、行きましょうか。……この国の最も重い病巣を、根こそぎ抉り出しに」
--------------------------------------------------




