第27話 大祭典の死闘
「おお、見よ! 我らが聖女の輝かしき姿を! 神の祝福がここにある!」
大神殿のステンドグラスから降り注ぐ光の中、神殿長フェリクスが大仰に両手を広げた。
年に一度の『聖女の大祭典』。王族、貴族、帝国の使節団、そして数万の民衆が王宮の広場を埋め尽くしている。
私は祭壇の中央で、完璧な慈愛の笑みを浮かべて手を振っていた。
「皆様に、光の御加護があらんことを」
(——さて。ネズミたちは全員、罠に入ったわね)
視界の端で、宰相マルクスが余裕の笑みを浮かべている。
彼らは今日の祭典で、私を自分たちの完全な傀儡として民衆に印象付けるつもりだ。
だが、その前に。
(……来た)
気配遮断スキルを全開にした私が捉えたのは、祭壇の裏側の暗がりから迫る「虚無」の気配。
帝国暗部「黒牙」のヴィクトルだ。
全勢力が集結するこの大混乱に乗じて、私を拉致するつもりらしい。
「聖女様。少し、こちらへ」
無音で私の背後に滑り込んだヴィクトルが、麻酔薬を塗った布を私の口元へ当てようとする。
だが、私は民衆へ手を振りながら、一切視線を動かさずに右手の肘を背後へ叩き込んだ。
「あら、ヴィクトル様。迷子ですの?」
ドスッ!
「……ッ!」
ヴィクトルの鳩尾に、私の肘が的確にめり込む。
彼は声を出さずに顔を顰め、しかし即座に短剣を抜いて私の足の腱を狙ってきた。
表向きは、祭壇の上で優雅に祈りを捧げる無垢な聖女。
しかし法衣の死角では、帝国の超一流暗殺者と、秒間数手にも及ぶ殺し合いを繰り広げている。
(速い。でも、単調ね!)
私はヴィクトルの刃を足捌きだけで躱し、袖口から滑らせた暗器(隠し針)で彼の手首を弾く。
同時に、彼に向けて超至近距離で『癒しの光』を放った。
「眩っ——!」
癒しの光を限界まで圧縮した閃光弾。
ヴィクトルは視界を奪われ、舌打ちをして暗がりへと後退した。
「……覚えておきなさい、聖女様」
闇に溶ける直前、彼の口の動きがそう告げた。
(ええ。いつでも殺してあげるわ)
背後の脅威を排除した私は、いよいよ「本命」へと向き直る。
「国王陛下。並びに、皆様」
私の凛とした声が、魔力拡声器を通じて大広間に響き渡る。
病を押して臨席していた国王アルベルト三世が、ゆっくりと顔を上げた。
「今日という佳き日に、神より恐るべき『啓示』が下されましたわ」
私はメルに目配せをした。
メルが恭しく進み出て、分厚い羊皮紙の束を国王の御前へと差し出す。
「フェリクス神殿長。……あなたが十五年前に、前代の聖女様に対して何を行ったか。神はすべてを見ておいででした」
「なっ……!?」
フェリクスの美しい顔が、一瞬で引き攣った。
「な、何を仰るのです、聖女様! 私はただ、神の教えを——」
「『聖女の秘儀』。禁じられた魔力抽出の実験記録ですわ」
私は冷たく、静かに宣告した。
「前代の聖女様を病死と偽り、地下室で切り刻んだ悪魔の所業。その手書きの記録と、違法な魔石の購入履歴が、そこに記されておりますの」
広場が、水を打ったように静まり返った。
国王が震える手で羊皮紙をめくり、その目に激しい怒りの火が宿る。
「フェリクス……貴様、聖女を冒涜したというのか!!」
「ち、違います! これは陰謀だ! 宰相閣下、あなたからも何か——!」
フェリクスが血相を変え、助けを求めてマルクスを振り返る。
だが、白髪の狐はすでに「切り捨て」の判断を下していた。
「……おぞましい。まさか神殿長が、そのような大罪を犯していたとは」
マルクスは白々しく首を振り、彼を完全に見限った。
(逃げ足の速いタヌキね。……でも、あなたの右腕をもぐのが先決よ)
「捕縛せよ!!」
国王の怒号とともに、クロード率いる近衛騎士たちがフェリクスを取り囲む。
「放せ! 私は神の代弁者だぞ! 聖女! 貴様ぁぁっ!!」
見苦しく喚きながら引き摺られていく神殿長。
完全な、失脚。
私が仕掛けた第一の「ざまぁ」が、完璧に決まった瞬間だった。
広場は、悪を暴いた新たな聖女への熱狂的な歓声に包まれる。
宰相マルクスも、顔面を蒼白にしながら私を睨みつけていた。
(次はあなたの番よ、マルクス)
作戦は成功した。
私は完璧な聖女の微笑みで、民衆の歓声に応え——。
——その瞬間、プツン、と。
自分の中の何かが切れる音がした。
(……あれ?)
ヴィクトルとの水面下の死闘。閃光弾としての魔力の過剰放出。
そして、連日の極度の緊張。
十五歳の華奢な体が、限界を訴えていた。
視界が、急激に暗転する。
「あ……」
体が傾き、祭壇の冷たい床が迫ってくる。
その時だった。
「リーゼ!!」
強い腕が、倒れ込む私の体をしっかりと抱き留めた。
薄れゆく意識の中で見上げたのは、血相を変えたクロードの顔。
「リーゼ! ……リーゼ!!」
公の場での身分も忘れ、彼が私の名前を、ただの一人の少女の名前を絶叫している。
(……ああ。そんなに大声で呼ばないで。……聖女の仮面が、剥がれちゃうじゃない)
私は彼に向けて微かに微笑み、そのまま深い闇の中へと意識を手放した。
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