第25話 禁術の秘密
「信じられない……。人間の身体を、魔力抽出のフィルターにするだなんて」
王宮の医務室。
ランプの薄暗い灯りの下で、私は『聖女の秘儀』と記された古書のページを捲りながら、思わず声を震わせた。
横で控えるガレノスが、苦渋に満ちた顔で重々しく頷く。
「ええ。聖女の魔力器官を強制的に外界へ繋ぎ、その回復力を無尽蔵の兵器として転用する。……狂気の沙汰です」
私はページに描かれた、おぞましい魔力回路の図解を睨みつけた。
そこには、生きた人間の身体に特殊な魔石を埋め込み、魔力を限界まで絞り出す術式が記されている。
麻酔の類は一切ない。
術式の性質上、対象の「苦痛」や「恐怖」すらも魔力変換の触媒として利用するからだ。
「これを……前代の聖女様に、施したというのですか?」
「おそらくは」
ガレノスが、深く息を吐き出した。
「十五年前。宰相マルクスと神殿長フェリクスは、この禁術を用いて『絶対的な兵器』を創り出そうとしたのでしょう。しかし、実験は失敗に終わった」
「……」
「耐えきれず、精神を壊し、肉体もボロボロになった聖女様は……『不治の病』という名目で、闇に葬られたのです」
ミシッ。
静かな医務室に、異音が響いた。
私が無意識に握りしめていた分厚い机の端が、私の握力によってひび割れた音だった。
——あいつら。
私の内奥で、ドス黒い炎が爆発的に燃え上がった。
沸騰するような怒り。
前世の暗殺者時代でさえ、ここまで強烈な殺意を覚えたことは数えるほどしかない。
力なき者を、ただの「便利な部品」として扱う。
使い潰し、壊れたらゴミのように捨て、自分たちは安全な場所で甘い汁を吸う。
——私が前世で最も憎み、軽蔑し、そして私自身もそのシステムに組み込まれて生きてきた、最悪の構造。
「……ッ」
脳裏に、冷たい雨の記憶がフラッシュバックする。
私を庇って死んだ小さな少女。
そして今世、辺境の村で魔獣に襲われ、前代の聖女に「生きなさい」と呪いのような希望を託されて、命懸けで剣を振るうクロードの顔。
彼が命の恩人だと信じて疑わない前代の聖女は、温かいベッドの上で穏やかに死んだわけではなかった。
冷たい地下室で、権力者たちの欲のために、絶望と苦痛の中で切り刻まれて殺されたのだ。
「聖女殿。……手が」
ガレノスの静かな声で、私はハッと我に返った。
机を握りしめていた私の右手から、微かに血が滲み、木肌を赤く染めている。
「いけませんな。癒し手の美しい指先を、このようなことで傷つけては」
ガレノスは薬箱から清潔な布を取り出し、私の手にそっと巻き付けた。
彼の丸眼鏡の奥の瞳は、私の「聖女らしからぬ激怒」を完全に察している。
だが、彼は何も咎めない。ただ、静かな共犯者のように寄り添ってくれる。
「……お見苦しいところを、お見せいたしましたわ」
私は深呼吸をして、聖女の微笑みを顔に貼り付け直した。
怒りに身を任せて暴れるのは三流だ。
プロの殺し屋は、怒りこそを最も冷たく鋭い刃に研ぎ澄ます。
「ガレノス様。この禁書は、元の場所に戻しておいていただけますか?」
「ええ。すでに写しは作成してありますゆえ」
「感謝いたしますわ。……この国の病巣は、私が想像していたよりも、ずっと深く、根絶やしにしがいのあるもののようです」
私は立ち上がり、医務室の窓から外を見上げた。
夜空には、冷ややかな月が浮かんでいる。
宰相マルクス。
神殿長フェリクス。
そして、私を「素材」として狙う帝国の皇帝。
——いいわよ。受けて立ってあげる。
証拠は集まりつつある。
私の手駒も、少しずつ育っている。
今までは「身を守るため」の防衛戦だった。
だが、ここからは違う。
私は窓ガラスに映る自分の顔——銀髪碧眼の清らかな聖女の姿を見つめ、不敵に唇を歪めた。
「——許さない」
夜の静寂に、私の氷のような囁きが溶け込む。
もはや、聖女の仮面を被っている必要はない。
「前の聖女を殺した奴らは、全員"治療"する」
王宮を血で洗う、最凶の暗殺者の反撃が、今、静かに幕を開けた。
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