第24話 転生者の皇帝
「——来訪者……?」
私は小首を傾げ、純真な瞳でヴィクトルを見つめ返した。
「まあ、遠い国からいらっしゃったということですの? それなら、私と同じですね。私も神の御許から、皆様を癒すために参りましたもの」
完璧な聖女の微笑み。
だが、私の内心は警鐘を通り越して、非常事態を告げるサイレンが鳴り響いていた。
(皇帝が転生者……! しかも、私を名指しで欲しがっている!?)
「ククッ。相変わらず、見事なはぐらかし方だ」
ヴィクトルは楽しげに肩を揺らし、さらに声を潜めた。
「我が皇帝、ルドヴィーク陛下は、前の世界でも……絶対的な力で人々を支配する『王』であったお方。この世界でも、当然のように覇権を握ろうとなさっている」
前世が独裁者。
最悪だ。そんな狂人が、軍事大国のトップに立っているなんて。
私の前世の上司だった犯罪組織のボスですら、もっとマシな理性を持ち合わせていた。
「では、なぜその偉大な皇帝陛下が、私のような小娘をお求めに?」
私は表面上の穏やかさを崩さず、核心を突く。
「簡単なことです。……『転生者の魂』同士は、極めて親和性が高い」
ヴィクトルの紫色の瞳が、妖しく光った。
「あなたの持つ無尽蔵の回復魔法と、我が皇帝の圧倒的な武力。それが合わされば、陛下は真の不老不死……神に等しい力を手に入れられる」
だから、私を帝国の「武器」として、いや「部品」として欲しているというわけか。
ふざけるな、と言いたかった。
私は今世こそ、誰かに利用されて人を殺す道具になんてならないと誓ったのだ。
「……身に余る光栄ですが、私はこの国の民を癒すだけで手一杯ですわ」
私はすっと彼から距離を取り、冷たく微笑んだ。
「皇帝陛下には、どうかご自身のお力で国をお治めくださいと、そうお伝えくださいませ」
「……ええ。お伝えしておきましょう」
ヴィクトルは恭しく一礼し、踵を返した。
「だが、お気をつけを。陛下は一度狙った獲物は、国を焼いてでも必ず手に入れるお方ですから」
彼の姿が中庭の木陰に消えた後、私は小さく息を吐いた。
「……リーゼ様。あの男、何を……」
警護に戻ってきたクロードが、青ざめた顔で私の無事を確認する。
「大丈夫ですわ、クロード。少し、帝国の風習について教えていただいただけで」
私は彼を安心させるように微笑みながら、内心で思考をフル回転させていた。
(皇帝が転生者。私が転生者。……なら、もっといる可能性もあるわね)
この世界が、ただのファンタジー世界ではなく、前世の魂が流れ着くある種の「吹き溜まり」なのだとしたら。
私の持つアドバンテージは、決して絶対的なものではない。
——情報を集めなくては。
私は焦燥感を胸の奥底に押し込め、夜を待った。
深夜。
私は気配遮断スキルを使い、音もなく王宮の医務室へと滑り込んだ。
昼間にあのような話を聞いた以上、宰相派や帝国が私をどう「利用」しようとしているのか、その技術的な根拠を知る必要がある。
「……やはり、おいでになりましたか。聖女殿」
むせ返るような薬草の匂いの中、白髭の老医師ガレノスが、ランプの灯りの下で私を待っていた。
「あら。起きていらしたのね、ガレノス様」
「こんな夜更けに、しかも誰にも気づかれずに。……聖女殿の"隠密行動"には、毎回驚かされますな」
ガレノスは丸眼鏡の奥の目を細め、机の上に山積みになった古い書物を指差した。
「聖女殿が以前、前代の聖女様の『本当の死因』について探っておられたのでな。……少し、王家秘蔵の禁書庫を漁ってみたのですよ」
「まあ。それで、何か興味深いものは見つかりましたか?」
私が尋ねると、ガレノスの表情がかつてないほど険しくなった。
彼は一冊の、赤黒く変色した革張りの古書を私の前に押し出した。
「これです。……『聖女の秘儀』と呼ばれる、古の禁術の記録」
禁術。
その響きに、私の暗殺者としての血が微かに騒ぐ。
「……読んでみても?」
「ええ。ですが、あまり気分の良いものではありませんぞ」
私はページをめくった。
そこに記されていたのは、おぞましい魔力回路の図解と、非人道的な儀式の手順だった。
『——聖女の器たる肉体を解体し、その根源たる魔力器官を他者の魂と接続せしめる——』
要するに、「聖女の力を他者に移植する」ための外科的・魔術的な手術の記録だ。
「……これを、使おうとした者がいるのですね」
私は冷たく低い声で呟いた。
「おそらくは」
ガレノスが重々しく頷く。
「前代の聖女様は、病死などではない。……この禁術の『実験体』として使われ、その命を散らされたのでしょう。そして、その首謀者は——」
「宰相と、神殿長」
私が引き継ぐと、医務室の空気が氷のように冷え切った。
なるほど。
帝国は「魂の親和性」で私の力を奪おうとし、王国の上層部は「禁術」で私の力を切り取ろうとしている。
どちらに転んでも、私を待っているのはモルモットのような無惨な死だ。
「……ふふっ」
私は、思わず笑声を漏らした。
恐怖ではない。絶望でもない。
あまりにも自分を舐め切った悪党どもの薄汚い計画に、殺し屋としての純粋な闘争心が限界突破したのだ。
「聖女殿……?」
「いいえ。とても有益な情報をありがとうございます、ガレノス様」
私は古書をパタンと閉じ、極上の聖女スマイルを老医師に向けた。
「どうやら、この宮廷には重篤な病を抱えた方が多すぎますわ」
私の指先が、不可視の刃を弄ぶように微かに動く。
「ええ。早急に……大規模な"治療"が必要ね」
私が自らの力と知識のすべてを解放し、この国の病巣を根こそぎ切除する日は、もう目前に迫っていた。
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