第18話 帰還、そして宰相の罠
「聖女様、万歳!」「エルドラークの救世主だ!」
王都への帰還は、熱狂的な歓声に迎えられた。
馬車の窓から顔を出し、沿道の人々に手を振る。
花びらが舞い、涙を流して祈りを捧げる民衆の姿がどこまでも続いていた。
——ふむ。
表向きは慈愛の微笑みを振りまきながら、私は冷ややかに状況を分析していた。
民衆の支持は、出発前とは比べ物にならないほど強固になった。
これで私の足場は盤石。宰相派もうかつな手出しはできないはずだ。
しかし。
王宮の円卓会議室に足を踏み入れた途端、空気は一変した。
「聖女様。辺境でのご活躍、見事でしたな」
私を待ち受けていたのは、宰相マルクスと、彼に同調する貴族たちの冷ややかな視線だった。
マルクスが、白々しい笑みを浮かべて口を開く。
「ですが……妙な噂が耳に入りましてな。あなたが辺境で、不審な者たちと密会していたと」
「……不審な者、ですか?」
「ええ。一部では、あなたが疫病を自ら撒き、自ら治して名声を稼いだ『偽の聖女』ではないかと囁く者すらおります」
——なるほどね。そう来たか。
自分から暗殺者を送り込んでおいて、それを私の「不審な行動」にすり替える。
民衆の支持が高まった分、貴族社会での私の信用を失墜させようという腹か。
古典的だが、悪くない印象操作だ。普通の十五歳の少女なら、泣き崩れて弁明するしかないだろう。
「ひどい……」
私は悲しそうに伏し目がちになり、震える手で胸元を押さえた。
「私、ただ苦しむ皆様を癒したくて……必死に祈っただけですのに」
「マルクス閣下。それはあんまりな言い草だ」
私の斜め後ろに立つクロードが、静かな、しかし確かな怒りを込めて前に出ようとした。
私はそれを、背中にそっと手を回して制止する。
「大丈夫ですわ、クロード様」
私は顔を上げ、純真無垢な瞳でマルクスを見つめ返した。
「ですがマルクス様。根拠のない噂よりも、"確かな事実"をご覧いただけますか」
私はメルに目配せし、一つの木箱を円卓の上に置かせた。
カチャリ、と蓋を開ける。
中から取り出したのは、黒い鷲の紋章が刻まれた一本の短剣。
「これは……!」
「カルバニア帝国軍の短剣ですわ。疫病の発生源であった、エルドラークの井戸の底から見つかりました」
貴族たちの間に、どよめきが走る。
「そして、こちらは」
私はさらに、羊皮紙の束を取り出してテーブルに滑らせた。
「道中で私たちを襲ってきた、帝国の工作員たちが持っていた指令書です」
——※本当は、私が暗殺者たちから引き出した自白を元に、帝国の仕業に見せかけて完璧に偽造した書類だ。前世でこの手の偽造工作は山ほどやってきた。
「そこには、王国の辺境警備の抜け道が、不自然なほど詳細に記されていましたの」
私は小首を傾げ、心底不思議そうに問いかけた。
「誰かが、意図的に防衛情報を帝国に流し、彼らを招き入れたとしか思えませんわ。……そういえば、辺境の防衛を管轄されているのは、宰相様でしたわよね?」
会議室が、水を打ったように静まり返った。
貴族たちの視線が、疑念を含んで一斉にマルクスへと集中する。
「なっ……! そ、それは……」
マルクスの狐のような顔から、スッと血の気が引いた。
額に冷たい汗が浮かんでいるのが見える。
——チェックメイトよ、白髪狐。
これで彼は、私の真贋を疑うどころではなくなった。
「聖女への不敬」ではなく、「帝国との内通疑惑」という国家反逆罪の言い訳に追われることになる。自らが掘った墓穴に、見事にはまったというわけだ。
「マルクス様のお力で、どうかこの恐ろしい陰謀の真実を突き止めてくださいませね」
私は最高の聖女スマイルで、彼にトドメを刺した。
「期待しておりますわ」と念を押し、優雅な足取りで会議室を後にする。
扉が閉まった瞬間、私の背後で貴族たちのマルクスへの追及が始まる声が聞こえた。
「……見事な手腕ですね、聖女様」
廊下を歩きながら、クロードが低い声で呟いた。
「神のお導きですわ」
私はクスクスと笑い、彼の前を歩き続ける。
これで第2ラウンドは私の完全勝利だ。
しかし、その夜。
王宮の奥深く、光の届かない宰相の執務室。
ギリギリと、マルクスが歯ぎしりをする音が暗闇に響いていた。
「あの小娘……ただの飾り物ではなかったというのか」
彼は忌々しげにワイングラスを壁に投げつける。
ガシャンッという破砕音と共に、赤ワインが血のように壁を伝い落ちた。
「……こうなれば、仕方あるまい」
暗闇の中で、白髪の狐は冷酷な瞳を怪しく光らせる。
その呟きは、誰の耳にも届くことなく、夜の闇へと溶けていった。
「——使えないのなら、前の聖女と同じ手段を取るしかあるまい」
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