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第17話 森の奥の薬草

「——ッ! 聖女様、メル! 下がっていてください!」


鬱蒼と茂る『深層の森』。

頭上を覆い隠す巨大な樹木の間から、三つ目の巨大な狼——魔獣が飛び出してきた。


「ひぃっ! 魔獣……!」

メルが悲鳴を上げ、私を庇うように前に出る。

そのさらに前衛で、クロードが白銀の剣を抜き放ち、魔獣の凶爪を弾き返した。


ガァァンッ! と火花が散る。


「大丈夫ですわ、クロード様! ——癒しのルミナ・サナトリオ!」


私は後方から、完璧な聖女のポーズで支援の光を放つ。

クロードの疲労が抜け、剣の速度が一段階上がる。


解毒薬の材料である幻の薬草を求め、私たちはエルドラークの奥地にあるこの森へ足を踏み入れていた。

メンバーは私、クロード、メルの三人だけ。

大所帯では魔獣を刺激するだけだと、最小限の精鋭パーティを組んだのだ。


——それにしても、面倒ね。

私は怯える聖女の演技をしながら、冷徹な目で戦況を分析する。


三つ目狼の動きは単調だ。

前世で相手にした、薬物で強化された暗殺者ジャンキーのほうがよほど素早くて厄介だった。

今すぐ私が前に出て、首の動脈に針を突き立ててやれば三秒で終わる。


だが、それはできない。私はあくまで「か弱い聖女」なのだ。


「はあぁッ!」

クロードの剣が閃き、一頭目の魔獣が真っ二つに両断された。

さすがは王国のトップエリート騎士。素晴らしい剣筋だ。

しかし。


——上。死角よ。


私の「目」が、頭上の枝から音もなく飛び降りてきた二頭目の気配を捉えた。

完全にクロードの背後。

彼が剣を振り抜いた直後の、最大の隙。

振り返って迎撃するのは、絶対に間に合わない。


「クロード様!」

メルが叫ぶ。


(……チッ)


気づいた時には、私の体は勝手に動いていた。


純白の法衣の袖口から、三本の「隠し針(暗器)」を指の間に滑らせる。

魔力を薄く纏わせ、手首のスナップだけで投擲。


ヒュッ——!


風を切る音すらしない、神速の刺突。

三本の針は、魔獣の三つの眼球をそれぞれ正確に貫き、そのまま脳髄を破壊した。


「ギャ……ッ!?」

空中で絶命した魔獣が、クロードの背後にズシン、と重い音を立てて落下する。


「……!?」

クロードが弾かれたように振り返り、ピクリとも動かなくなった魔獣を見下ろした。

外傷は、目に刺さった細い針だけ。

それが致命傷となり、魔獣の命を即座に刈り取ったのだ。


「す、すごい……! クロード様、背後の魔獣まで気配で倒しちゃうなんて!」

メルが目を輝かせて拍手をする。

彼女には、私が針を投げた瞬間など全く見えていなかった。


しかし。

クロードは魔獣の目に刺さった針を見た後。

ゆっくりと振り返り、私の「右手」を真っ直ぐに見つめた。

投擲のフォロースルーを終え、不自然に空中に残っていた私の右手を。


——やっちゃった。

まあ、いいか。見殺しにするよりはマシだ。


私は何食わぬ顔で手を胸元に戻し、ホッと息を吐いてみせた。

「神の御加護ですわ。クロード様が無事で、本当によかったです」

「……ええ。御加護、ですね」

クロードの金色の瞳が、複雑な光を帯びて揺れていた。


その後、私たちは森の奥で目的の「幻の薬草」を無事に発見した。

淡く光るその葉を丁寧に摘み取り、エルドラークへの帰路につく。


「私、もう少しだけ綺麗な水筒に水を汲んできますね!」

安全な道に出たところで、メルが少しだけ先を歩いていった。

私とクロードが、二人きりで並んで歩く形になる。


森の木漏れ日が、私たちの間に落ちていた。

沈黙を破ったのは、クロードだった。


「……聖女様」

「はい。何かしら?」


私は立ち止まり、彼を見上げた。

クロードの顔には、いつもの騎士としての硬い表情ではなく、一人の青年としての迷いと、切実な問いが浮かんでいた。


「あなたは……本当に、ただの聖女ですか?」


静かな声だった。

夜の野営地で見せた打撲痕。そして今の、魔獣の急所を的確に射抜いた暗器。

彼の鋭い勘は、とっくに私の「正体」の輪郭を捉えている。


ここで誤魔化すのは簡単だ。

「何をおっしゃるの?」と笑い飛ばすこともできる。

だが、私はあえて、彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「ええ。私はただの聖女ですわ」


私は、極上の微笑みを浮かべた。

一切の穢れを知らない、慈愛の象徴。


「皆様を癒すことが、私の全てですもの」


——そう。この国の腐敗という"病"を根こそぎ切り取る、最高の治療。

その真意を込めて、私は微笑む。

だが、私の「目」だけは一切笑っていなかった。

冷酷な殺し屋の瞳で、彼を射抜く。


「……」

クロードは、私のその矛盾した表情から目を逸らさなかった。

ただ、どこか苦しげに唇を噛む。


「……そう、ですね。失礼なことを聞きました」

彼は深く頭を下げ、再び歩き出した。


——嘘だ。


前を歩くクロードの背中から、そんな心の声が聞こえた気がした。

俺の目の前にいるこの少女は、ただの聖女などではない。

恐ろしい技術と、底知れぬ闇を抱えた「何か」だ。


(だが……)

クロードは、剣の柄を強く握りしめた。


(俺は、彼女を問い詰める気になれない。……なぜなら、あの針がなければ、俺は間違いなく死んでいたのだから)


夕陽が、私たちの影を長く伸ばしている。

秘密を抱えた聖女と、それに気づきながらも口を噤む騎士。

二人の共犯関係のような距離感は、辺境の風の中で、静かに深まっていった。



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