第11話 舞踏会の死角
「まあ、聖女様。辺境のような不潔で野蛮な土地へ赴かれるなんて、本当にご愁傷様ですわね」
「ええ、本当に。王宮の華やかな生活が名残惜しいことでしょうに」
優雅なワルツの調べが流れる大広間。
シャンデリアの眩い光の下で、色とりどりのドレスを着飾った貴族の令嬢たちが、扇子の陰からクスクスと嫌味をこぼしていた。
明日に控えた辺境エルドラークへの出立。その壮行会と称した舞踏会での一幕だ。
——面倒くさい。
——こいつらのドレスの裾をピンポイントで踏んづけて、背後のシャンパンタワーに突っ込ませてやろうか。
内心でそんな物騒なシミュレーションを弾き出しながらも、私は完璧な聖女スマイルを崩さない。
「ご心配いただき感謝いたしますわ。ですが、光は暗闇にこそ必要なもの。皆様のような美しく満ち足りた方々には、私の癒しなど不要ですものね」
「っ……それは、そうですが……」
嫌味を言いに来たはずが、逆に「美しく満ち足りている」と褒めちぎられ、令嬢たちは毒気を抜かれたように押し黙る。
痛快だ。物理的に殴るより、こういう搦め手の方がダメージは大きい。
「……相変わらず、見事な立ち回りですね。聖女様」
令嬢たちがそそくさと退散した直後。
背後から、低い、けれどどこか呆れたような声が降ってきた。
振り返ると、白銀の礼装に身を包んだクロードが立っていた。
いつもの鎧姿とは違う、息を呑むほどに洗練された騎士の正装。
「あら、クロード様。お似合いですわよ」
「からかわないでください。……もしよろしければ、一曲いかがですか?」
彼は恭しく片膝をつき、右手を差し出してきた。
護衛としての義務か、それとも他の貴族たちから私を守るための気遣いか。
「ええ、喜んで」
私は彼の手を取り、ダンスホールの中心へと進み出た。
音楽に合わせてステップを踏む。
私の前世に、華やかな舞踏会の経験などない。
だが、他人の動きを観察し、寸分違わず模倣するのは暗殺者の基礎スキルだ。
私はクロードのリードに合わせ、羽のように軽く、完璧なステップを踏んでみせた。
「……驚きました。初めてとは思えない身のこなしだ」
「ふふっ。クロード様のリードがお上手だからですわ」
至近距離で、金色の瞳が私を見下ろす。
ぎこちないが、彼の体温は心地よかった。
しかし、その心地よさは、彼の一言によって打ち破られる。
「——ですが、聖女様。あなたはやはり、不思議な方だ」
「不思議、ですか?」
ワルツの旋律に合わせてターンを決めた瞬間、クロードが私の腰を支える手に微かに力を込めた。
「あなたの動きは、ただ美しいだけではない。重心が全くブレない。……まるで、戦い方を知っている人間の、体の使い方をしています」
——ドキリ、と心臓が跳ねた。
この男、本当に油断ならない。
ダンスの最中にまで、私の筋肉の動かし方を分析しているのか。
私は表情を一切変えず、至近距離の彼に向かって優しく微笑み返した。
「まあ。踊りも戦いも、リズムが大切ですもの。不思議ではありませんわ」
「……リズム、ですか」
「ええ。互いの呼吸を読み、隙を見つけ、踏み込む。ほら、ダンスと同じでしょう?」
私はわざと彼の足元ギリギリにステップを踏み込み、主導権を奪うようにターンしてみせた。
クロードが僅かに息を呑む。
「……なるほど。一本取られました」
「うふふ。騎士様も、もう少しステップの練習が必要かもしれませんわね」
曲が終わり、私たちは優雅に礼をした。
周囲から万雷の拍手が沸き起こる。
追及を躱した安堵を胸に秘め、私は「少し夜風に当たってきますわ」と彼から離れた。
——さて。お遊戯の時間は終わりだ。本命の仕事を始めよう。
バルコニーに出た私は、すぐに気配遮断のスキルを発動した。
呼吸、足音、体温。すべてを闇に溶かし込む。
向かった先は、大広間から離れた王宮の奥。使われていない古びた談話室だ。
暗闇の中、扉の隙間から微かな話し声が漏れている。
「……手筈通りに」
「ええ。聖女には、そのまま辺境で"神の御許"へ旅立っていただきましょう」
声の主は二人。
王国宰相のマルクスと、大神殿長のフェリクス。
表向きは犬猿の仲であるはずの二人が、密かに杯を交わしていた。
——やっぱりね。裏で繋がっていたか。
私は息を殺し、壁に同化して耳を澄ます。
「前代の聖女は、我々の悲願のために尽くしてくれた。素晴らしい"実験"だった」
フェリクスが冷たい声で笑う。
「ええ。だが、最後は自我を保てず壊れてしまった。あの不完全な禁術のせいでな」
マルクスがワイングラスを揺らす音が響く。
「前の聖女は"消えてもらった"。病死という美しい筋書きでな。……今度の聖女も、もし我々の意に沿わぬようであれば——」
マルクスの声が、底冷えのする闇に溶ける。
「——使えなければ、同じことだ」
全てが繋がった。
前代の聖女を殺した黒幕。それは、この二人の共謀だった。
そして彼らは今、明確に私の命を狙っている。
——上等じゃない。
私は暗闇の中で、口角を深く吊り上げた。
私の知るべき真実は手に入れた。
圧倒的な情報のアドバンテージ。
もはや、彼らは私の掌の上で踊る滑稽な道化でしかない。
「使えないなら、消す……か」
声に出さず、口の動きだけで私は呟いた。
「——そっくりそのまま、お前たちに返してあげるわ」
--------------------------------------------------




