表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/33

第11話 舞踏会の死角

「まあ、聖女様。辺境のような不潔で野蛮な土地へ赴かれるなんて、本当にご愁傷様ですわね」

「ええ、本当に。王宮の華やかな生活が名残惜しいことでしょうに」


優雅なワルツの調べが流れる大広間。

シャンデリアの眩い光の下で、色とりどりのドレスを着飾った貴族の令嬢たちが、扇子の陰からクスクスと嫌味をこぼしていた。

明日に控えた辺境エルドラークへの出立。その壮行会と称した舞踏会での一幕だ。


——面倒くさい。

——こいつらのドレスの裾をピンポイントで踏んづけて、背後のシャンパンタワーに突っ込ませてやろうか。


内心でそんな物騒なシミュレーションを弾き出しながらも、私は完璧な聖女スマイルを崩さない。


「ご心配いただき感謝いたしますわ。ですが、光は暗闇にこそ必要なもの。皆様のような美しく満ち足りた方々には、私の癒しなど不要ですものね」

「っ……それは、そうですが……」


嫌味を言いに来たはずが、逆に「美しく満ち足りている」と褒めちぎられ、令嬢たちは毒気を抜かれたように押し黙る。

痛快だ。物理的に殴るより、こういう搦め手の方がダメージは大きい。


「……相変わらず、見事な立ち回りですね。聖女様」


令嬢たちがそそくさと退散した直後。

背後から、低い、けれどどこか呆れたような声が降ってきた。

振り返ると、白銀の礼装に身を包んだクロードが立っていた。

いつもの鎧姿とは違う、息を呑むほどに洗練された騎士の正装。


「あら、クロード様。お似合いですわよ」

「からかわないでください。……もしよろしければ、一曲いかがですか?」


彼は恭しく片膝をつき、右手を差し出してきた。

護衛としての義務か、それとも他の貴族たちから私を守るための気遣いか。


「ええ、喜んで」


私は彼の手を取り、ダンスホールの中心へと進み出た。

音楽に合わせてステップを踏む。

私の前世に、華やかな舞踏会の経験などない。

だが、他人の動きを観察し、寸分違わず模倣するのは暗殺者の基礎スキルだ。

私はクロードのリードに合わせ、羽のように軽く、完璧なステップを踏んでみせた。


「……驚きました。初めてとは思えない身のこなしだ」

「ふふっ。クロード様のリードがお上手だからですわ」


至近距離で、金色の瞳が私を見下ろす。

ぎこちないが、彼の体温は心地よかった。

しかし、その心地よさは、彼の一言によって打ち破られる。


「——ですが、聖女様。あなたはやはり、不思議な方だ」

「不思議、ですか?」


ワルツの旋律に合わせてターンを決めた瞬間、クロードが私の腰を支える手に微かに力を込めた。


「あなたの動きは、ただ美しいだけではない。重心が全くブレない。……まるで、戦い方を知っている人間の、体の使い方をしています」


——ドキリ、と心臓が跳ねた。

この男、本当に油断ならない。

ダンスの最中にまで、私の筋肉の動かし方を分析しているのか。


私は表情を一切変えず、至近距離の彼に向かって優しく微笑み返した。


「まあ。踊りも戦いも、リズムが大切ですもの。不思議ではありませんわ」

「……リズム、ですか」

「ええ。互いの呼吸を読み、隙を見つけ、踏み込む。ほら、ダンスと同じでしょう?」


私はわざと彼の足元ギリギリにステップを踏み込み、主導権を奪うようにターンしてみせた。

クロードが僅かに息を呑む。


「……なるほど。一本取られました」

「うふふ。騎士様も、もう少しステップの練習が必要かもしれませんわね」


曲が終わり、私たちは優雅に礼をした。

周囲から万雷の拍手が沸き起こる。

追及を躱した安堵を胸に秘め、私は「少し夜風に当たってきますわ」と彼から離れた。


——さて。お遊戯の時間は終わりだ。本命の仕事を始めよう。


バルコニーに出た私は、すぐに気配遮断のスキルを発動した。

呼吸、足音、体温。すべてを闇に溶かし込む。

向かった先は、大広間から離れた王宮の奥。使われていない古びた談話室だ。


暗闇の中、扉の隙間から微かな話し声が漏れている。


「……手筈通りに」

「ええ。聖女には、そのまま辺境で"神の御許"へ旅立っていただきましょう」


声の主は二人。

王国宰相のマルクスと、大神殿長のフェリクス。

表向きは犬猿の仲であるはずの二人が、密かに杯を交わしていた。


——やっぱりね。裏で繋がっていたか。


私は息を殺し、壁に同化して耳を澄ます。


「前代の聖女は、我々の悲願のために尽くしてくれた。素晴らしい"実験"だった」

フェリクスが冷たい声で笑う。

「ええ。だが、最後は自我を保てず壊れてしまった。あの不完全な禁術のせいでな」


マルクスがワイングラスを揺らす音が響く。


「前の聖女は"消えてもらった"。病死という美しい筋書きでな。……今度の聖女も、もし我々の意に沿わぬようであれば——」


マルクスの声が、底冷えのする闇に溶ける。


「——使えなければ、同じことだ」


全てが繋がった。

前代の聖女を殺した黒幕。それは、この二人の共謀だった。

そして彼らは今、明確に私の命を狙っている。


——上等じゃない。

私は暗闇の中で、口角を深く吊り上げた。


私の知るべき真実は手に入れた。

圧倒的な情報のアドバンテージ。

もはや、彼らは私の掌の上で踊る滑稽な道化でしかない。


「使えないなら、消す……か」


声に出さず、口の動きだけで私は呟いた。


「——そっくりそのまま、お前たちに返してあげるわ」



--------------------------------------------------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ