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悪役令嬢に転生したら公開処刑前夜でした ~吸血神の力で転生聖女を世界の果てまで追い詰めます~  作者: 1009


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第十七話「神器の綻び」

 ――好機。

 打ちのめされ、地に伏していた三体の魔王が、その一瞬の綻びを見逃すはずもなかった。


 黄金の翼が散り、あの荘厳な波動が引いた、まさにその刹那。神の座から――いや、それでもなお隔絶した強者ではあったが、少なくとも「神」ではなくなった女神めがけて、四つの殺意がいっせいに殺到した。


 つい今しがたまで、あの黄金の神威を前にただ怯え、じりじりと後ずさるばかりだった魔王たち。だがその怯えは、標的が「神」ではなくなったと悟ったまさにその瞬間、掌を返したように飢えた獣の獰猛さへと一変していた。この好機は、おそらくほんの数瞬しか続くまい。切り札を失ったいまこの一瞬こそが、あの理外の化け物を屠るための最初で最後の好機なのだと――三体は身に負った深手の痛みすら忘れ果てて、いっせいにその牙を剥いた。


「今だ――!! 畳みかけろ!!」


 嗄れた声で吼えたのは、傲慢のルシフェル・ゼニスだった。その銀の瞳が、ぎらりと妖しく光を帯びる。〈神墜とし(ゴッド・フォール)〉――狙った相手のステータスを、問答無用で半減させるあの格上殺しの権能。その照準が、いままさにクルエンタの華奢な肢体をぴたりと捉えようとしていた。


 だが。

(――まぁ、効果時間が短いのは想定外だったけど、慌てることではないわ)


 クルエンタの姿が掻き消えた。


 否、消えたのではない。ただ、あまりにも速く動いた――ただそれだけのことだった。

 スキル〈神速〉。真の神の姿を失おうとも、神は神だった。


 この超越的な速度は、彼女の本質はいささかも損なわれてはいない。ルシフェルの攻撃は虚しく空を切り、憤怒のイグニスが渾身の力で叩きつけた灼熱の拳が、何もない虚空をただ虚しく打ち砕くだけに終わった。


 だが、それしきで攻め手を緩めるほど、追い詰められた魔王たちは甘くはなかった。イグニスの拳が叩きつけられた大地が、その星砕き(ワールド・バーン)の権能によってぶわりと業火に呑まれ、みるみるうちに草木ひとつ生えぬ焦土へと変じていく。


 クルエンタの逃げ場を、じわじわと灼き潰していく算段だ。


 そのうえ嫉妬のレヴィアは、蛇のように低く地を這って回り込むと、その爪のただ一撫でで彼女のスキルを一つでも奪い取ろうと、執拗に間合いを詰めてくる。もし触れられれば、羨望の模倣によって大事な手の内をひとつ、まるごと盗まれてしまう。深手を負ってなお、三体の連携は恐ろしいほどに巧緻を極めていた。

(真神モードが切れたのは、まあ確かに残念だけどね。……けど、それが今の早い段階で知れたのは良いことだわ。それに攻撃が一発だって当たらないんだったら、痛くも痒くもないでしょ?)


 冷たく胸の裡で嘯きながらも、彼女は、その涼しい顔の裏側でひそかにぐっと気を引き締めていた。神威を失ったいまの自分は、なるほど避けることにかけては遅れを取りはしない。だが、いかに躱し続けたところで、ただそれだけではこの戦況を覆すことなどできはしないのだ。


 ルシフェルの狙いを決して据えさせぬための立ち回り。レヴィアの指先から常に一定の間合いを保ち続ける計算。イグニスの広げる焦土に足を取られぬための繊細な足運び。その幾重にも折り重なった思考を、彼女はコンマ数秒の合間を縫って休みなく回し続けていた。ほんの数瞬前まで続いていたはずの圧倒的な優勢は、いまや跡形もない。ここから先は削り合いだった。


 灼熱の拳が、彼女のいた場所を轟音とともに深々と陥没させる。蛇のようにしなる爪が、翻る紅の後れ毛をぷつりと一筋断ち斬っていく。それでも、クルエンタの美貌には焦りの色ひとつ浮かびはしなかった。彼女は四方から迫りくる攻撃の…そのことごとくをほんの髪一重の見切りで涼しげに潜り抜けながら、時折、返す手の血の刃で追い縋る魔王たちの追撃をぴしゃりと鋭く牽制してみせる。攻めても、攻めても指の先ひとつ届かない。三体の魔王の胸の裡に、じりじりと焦げつくような苛立ちが募りはじめていた。


 そして――その死の乱舞の只中で、ひときわ執拗に彼女へと喰らいついてくる影があった。


「――舐めるなよ……! この俺の速さ……! 〈魔王化〉した、この俺の速さを、甘く見るなァ――!!」

 刃翅のザイル・グレンだった。

 

 あの理不尽な断罪を、ただ一体だけ生き延びた魔王種。魔王級へと引き上げられたその身は、影食かげはみの権能によって自らの影を無数の分身へと変じさせ、四方八方から薄刃の翅による斬撃の嵐をクルエンタへと浴びせかけてくる。


 右も左も頭上も足元も……


 銀の刃が、風を切り裂く甲高い音とともにいっせいに殺到した。どれが本体なのかもまるで判然としない。音すら置き去りにするその高速の刃の群れは、なるほど並の相手であったなら、避ける間も与えずずたずたに斬り刻んでいたことだろう。ザイル自身、これでこそ仕留めたと確信していたに違いなかった。魔王級にまで至った己のこの速度こそが、この戦場にいる誰よりも疾いのだと。そう信じて疑わなかったのだ。


 ――だが。あいにく今回ばかりは、挑む相手が悪すぎた。


(……ふうん。速いのは認めてあげる。でもね)

 クルエンタの紅い瞳が、乱れ飛ぶ無数の分身の中からたったひとつの「本物」を、寸分の狂いもなく正確に射抜いた。彼女にとって、この程度の残像の群れなど、ただ少しばかり数の多い、止まって見える的に過ぎない。


「あたしのほうが、ずうっと速いのよ」

 次の瞬間、彼女の姿が、ザイルの分身の群れのただ中を真正面からするりと通り抜けた。まるでそこには最初から、何の障害も存在してなどいなかったかのように。無数に舞う刃は、その一枚として彼女の白い肌をかすめることすらできなかった。そしてすれ違いざま――彼女の細い指先が、ただ一度ひらりと宙を薙ぐ。


 深紅の血の刃が閃いた。

 ――刃翅のザイル・グレンの首が、その胴から音もなく離れる。


「……あ」

 自らの身にいったい何が起きたのか、それすらまるで理解が追いつかぬまま。その間の抜けた声を最期の一言に、無数に舞い狂っていた影の分身が、糸の切れた操り人形のようにいっせいに掻き消え、そして魔王種の亡骸が、力なく遥か地上へと墜ちていった。


 最後の魔王種が逝った。

 あとに残されたのは、いずれも深手を負った、三体の魔王のみである。

 

 一瞬、痛いほどの静寂が、戦場を支配した。あれほど息巻いていた魔王種が、たった一合――いや、一合とすら呼べぬ、ただのすれ違いざまの一撫でで、あっさりと首を落とされた。そのあまりにも重い事実が、残された三体の胸の裡へと、じわりと冷たく染み込んでいく。

 

「……ちっ」

 その光景に、嫉妬のレヴィアが心底忌々しげに舌打ちを漏らした。


「魔王種が、まったくクソの役にも立ちゃしない。あんな囮如きが、瞬きひとつであっさり捻り潰されるだなんてね……!」


「……認めよう」

 傲慢のルシフェルが、その端整な美貌を苦渋に歪めながら、喉の奥から絞り出すように言った。あれほどまでに他者を羽虫と見下してきたこの男が、いま、生まれて初めて目の前の存在を対等の――否、それ以上の脅威として認めようとしていた。


「これは……我らの予想以上だ。とうに薄々は気づいていたがな。もはや疑いようもない。こいつは我ら『魔王』などとは、断じて格が違う。


 ――魔神。


「世界の理の外に立つ、正真正銘の化け物と断定する」

 仮面の奥から、憤怒のイグニスが地を這うような低い同意の唸りを漏らした。


「ならば、話はいっそ早いというものだ」

 ルシフェルが、漆黒の機械の翼をばさりと広げ直す。その瞳からは先ほどまでの狼狽が嘘のように消え失せ、代わりに抜き身の刃のような決死の覚悟が冷たく宿っていた。


「相手が魔神だろうが、なんだろうが関係ない。――ここで確実に殺る。全員そのつもりでかかれ」


「ふん。言われるまでも、ないわ」

 嫉妬のレヴィアが、蛇のようにぞろりと嗤ってみせる。


 三体の魔王から立ちのぼる殺気が、明らかにその質を変えた。もはやそこには、侮りも油断もひとかけらとして残ってはいない。ただ、目の前の理外の脅威をなんとしてでも討ち取るのだという、純粋で鋭利な、剥き出しの殺意だけがぎらぎらと渦を巻いていた。


 手傷を負った身を、それでも無理やりに奮い立たせ、三体はじりじりとそれぞれの位置取りへと展開しはじめる。

 高みへと舞い上がる傲慢。

 正面に立ちはだかる憤怒。

 死角へと滑り込む嫉妬。


 追い詰められた獣ほど恐ろしいものはない。まして、それが魔王を名乗る化け物ともなれば、なおさらのことだった。


(……向こうもついに…本気になったってわけね)

 その剣呑な気配の変わりようを肌でひしと感じ取りながら、それでもクルエンタは微塵も動じることなく、ふっと口の端を酷薄に吊り上げた。終焉のスキルは、まだ次に使えるようにはなってくれない。ならば、この手負いの三体を地力だけで捌ききってやるまでのこと。


 ――上等じゃないの。


 むしろ、少しばかり血が滾りさえした。神威に頼りきりのあの一方的な蹂躙よりも、こうして己の地力そのものを試される戦いのほうが性に合っている。それはかつて幾多のゲームの中で格上の強敵に幾度となく挑み、そのたびに知恵を振り絞って乗り越えてきた――あの、ひりつくような高揚感にどこかよく似ていた。


 とはいえ、彼女は頭の片隅で素早く計算を弾き直す。相手はいくら手負いとはいえ、腐っても魔王が三体だ。いかに自分が魔神の端くれであろうと、神威を欠いたこの状態のまま三方から同時に攻め立てられ続ければ、負けはしないがダメージを受ける可能性すらある。


 ならば――分ければいい。数を割ってしまえばいい。幸いにもこちらの手元には、いざというときに頼れる剣が一振り、静かに控えているのだから。


 彼女はゆっくりと、傍らに控えるオーランドへとその視線を送った。

「オーランド」

「はっ」

「二体は私が引き受ける。……残りの一体。それをあなたに任せる、全力をつくりなさい」

 

 その一言に、オーランドの澄んだ双眸がかっ と内側から燃え上がった。


 母から役目を与えられた。ただ後ろで守られるだけの荷物ではなく、共に戦場を駆ける一振りの剣として、確かに頼りにされたのだ。それはこの世に生まれ直したこの身にとって、ほかの何ものにも代えがたい無上の誇りだった。オーランドは、いま誠実さをまっすぐに捧げるべき相手を、ようやくその手に得ていたのだ。


「――お任せください、母上」


 彼は腰に佩いた神話級の得物へと静かに手をかけ、深々と頭を垂れた。

「この身が、母上にとって確かに『使える』存在であるということを。……たとえこの命に代えてでも、必ずや証明してみせます」


 その一片の揺らぎもない忠誠の言葉を聞き届けると、クルエンタは満足げにこくりと小さく頷いた。

 

「――いい返事ね。それじゃあ…」

 彼女の姿が再びふっと掻き消える。


「――そろそろ、反撃と行きましょうか!」

 その涼やかな声を合図として、二つの影が同時に天を蹴った。クルエンタは爛々と殺気を漲らせる二体の魔王が待ち受けるその正面へ。そしてオーランドは漆黒の翼を大きく広げ、残る一体の魔王めがけて一直線に。役目はいまはっきりと分かたれた。ひとつであった戦場が、まさに二つへと割れていく。


 天のあちこちで、魔と吸血の激突が早くも火花を散らしはじめる。灼熱が奔り、深紅の血の刃が閃き、漆黒の翼と機械の翼とがけたたましく交錯する。手負いの魔王たちにとっても、これはまさしく乾坤一擲の決戦だった。


 討つか討たれるか……


 もはや後戻りのできぬ一線を、いま双方が同時に踏み越えたのだ。

 深紅の女神と漆黒の吸血鬼。二人が上げる反撃の狼煙が、手負いの魔王たちへ向けて、今、まさに同時に、天高く…上がったのだった。


 第十七話 了

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m


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