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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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玖拾漆


扉を開けると、蠱惑的な香りと酒精の香りが漂ってきた。

部屋の奥に置かれた寝台の上で、一人分の膨らみが上下に動いているのが見て取れる。

烏に手渡された布で口元を隠し、頭巾で髪を隠した朱夏はゆっくりと寝台に近づいた。奥に進む度に、酔いそうな香りが強くなる。

たどり着いた寝台で、掛けられた布を剥ぎ取った。両手足を寝台の四方に拘束された仙螺の黄駕が、だらしなく口を開けて鼾を掻いている。粗末な単を纏わされただけの、無防備な姿だった。

「……」

赤らんだ顔をしばらく眺め下ろし、朱夏は寝台の脚を蹴りつけた。びくん、と黄駕の体が跳ねる。

「起きろ。仙螺の黄駕」

低く声を掛けるが、酒と薬で酩酊した黄駕は瞳を閉じたままだ。

軽く息を吐き、朱夏は酒臭い黄駕に顔を寄せた。耳元で、小さく囁く。

「このまま、情けない姿を晒したまま、息を引き取るか?」

小さな呻き声が朱夏の耳に届いた。

「私はどちらでも構わないぞ。古くより続いた旧家の嫡男が、遊郭で死ぬなど末代までの恥となろうな」

「……ぐ、ぅ」

「烏、水を」

控えていた烏に手を差し出すと、ぐっしょりと湿らせた手巾が渡された。水を絞ってもいない手巾から、ぽたぽたと雫が垂れている。

そのまま、水浸しの手巾を黄駕の口を覆うように乗せた。

「そら。起きなければ、遊女の寝台で溺死だぞ」

一つ、二つと数を数え、六つまできたところで黄駕の体が大きく跳ねた。その拍子に、口に乗せた手巾がずり落ちる。

「……っ、ごほっ。ぐ……ぅ」

ぶるりと震えた黄駕の瞳が、ようやく開いた。焦点の合わない視線を、うろうろと彷徨わせている。

「……ここ、は」

掠れた声を無視し、朱夏は落とされた手巾を再び手に取った。

「誰、か……いるのか」

「……」

濡れた手巾を黄駕の目元に乗せ、視界を塞いだ朱夏は口を開く。

「訊かれたことに答えよ」

「だ、誰だ……」

「そちらに尋ねる権利はない」

意識がはっきりしていないせいか、口元を布で覆い声がくぐもっているせいか。黄駕には朱夏の声が聞き取れないようだった。

「仙螺の黄駕。企みごとをすべて、ここで吐いてもらう」

「たく、らみ……」

「今上帝に毒を盛り、寵愛する側室を首謀者として捕縛したな。そして輝山の大臣を陥れ、日嗣宮を不当に捕らえた」

黄駕の喉がこくりと鳴った。その喉元に、朱夏はそっと手を置く。

「日嗣宮が暮らす夏の宮に火を放ち、正室である煌姫を連れ去った。国家を揺るがす、重罪だな」

「……あ、何を……」

「認めるならば、今ここで命を取ることはしない。正直に答えろ」

朱夏の言葉に震えだした黄駕が、身を捩って暴れようとした。がたがたと音を立てる寝台の脚を、朱夏は再び蹴りつける。

「大人しく答えろ。まずは捏造した帳簿についてだ」

「し、知らな……」

「国庫の帳簿を捏造するなど、即死罪でも構わないほどだ。だが、冤罪で陥れた輝山の大臣を、貴人牢から解き放たねばならんからな。証拠は正しく揃えねば」

がくがくと唇を震わせ、黄駕は不自由な動きで必死に首を振る。

「答えたくないならば、質問を変えよう。今上帝に盛った毒は、どこで入手した?どのような毒を使ったのだ?」

「……っ」

「薬に強い仙螺が、独自に調合したものか?それならば、仙螺家を探れば出てくるだろうか」

独り言のように呟く朱夏に、黄駕が涙声を出す。

「ぁ、待て……わ、私をか、解放すれば、お前も悪いようには……」

「……まだ酔っているようだな。極上の女と酒の味は、どうであった?」

「っ!」

額に噴き出した汗を拭うこともできず、黄駕の顔を大量の汗が伝った。

「私は暴力は好きではないのだが。素直に答えてもらえないのならば、拷問もやぶさかではない」

淡々とした朱夏の口調に恐怖を感じたのか、手巾の下で黄駕の顔色が青くなる。烏がすっと、朱夏に懐剣を差し出した。

鞘を抜き、刃を黄駕の頬に当てる。

「ひっ」

「どこを切ってやれば、素直に答える気になるだろうな」

「や、やめ……」

「櫻花楼の花たちも、暴力などやめてほしかったであろうな」

低く呟き、朱夏は黄駕のよく手入れされた肌に小さく傷をつけた。

甘やかされて育った傲慢な若君の、衣を引き裂くような絶叫が部屋に響き渡った。



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