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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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玖拾参


櫻花楼とは、四季の国の流通のすべてを扱う大店である。

表向きは食料品や日用品、衣装や装飾品といった様々な物を扱う店を経営している。

帝一族や高位から中流の貴族、市井の民に至るまで、櫻花楼の世話にならない者はこの国に存在しないほどだ。

裏では、国が認めた遊郭では働けない幼い者を商品として扱う、違法な遊郭を経営していた。

摘発されれば多くの身寄りのない者が路頭に迷うと、半ば黙認されている裏路地の店である。

櫻花楼の主である凛慈は、朱夏を休ませている部屋を辞し、現在一番の稼ぎ頭である遊女の個室へと向かった。閉じられた扉を軽く叩き、返事も待たずに開ける。

「おや、楼主さまじゃないか。お話し合いは終わったのかい?」

鏡台の前に座っていた女が、鏡越しに凛慈に視線を向けた。白の単を纏い、襟元を大きく開いて香油を塗っているところだった。まだ成人を迎えたばかりといった年の頃の、艶っぽい女人である。

「ああ。舎利しゃりに頼みがある」

「珍しいこと。あたしにできることなんて、それほどないと知っておいでだろうに」

舎利と呼ばれた女は、唇に紅を差してから凛慈に向き直った。

「仙螺の若君に、熱烈な文を書いてもらいたい」

凛慈の言葉に、舎利の目が丸くなる。群青の瞳に、窺うような色が乗った。

「なんだって、そんなこと……」

「日嗣宮さまを、正しい場所へお戻しする」

「……」

舎利の目の前まで近寄った凛慈が、その場にしゃがんで座る舎利を見上げた。

「俺は、あの親王さまに賭けることにした」

「……へぇ」

「まだ若い。ご立派な理想を掲げているところなど、青臭くて笑ってやりたくなるほどだ」

「……」

舎利の瞳が鋭くなる。何故、そんな相手を危険を冒してまで、櫻花楼に匿ったのかとその表情が語っていた。

「だが、民のことを知ろうとし、よりよく国を治めようという気概はある。それに……」

「それに?」

「迦陵が、その命を懸けてまで守ってほしいと願った男だ」

「っ!」

膝の上で握りしめた舎利の拳が、力を入れすぎて白くなった。

迦陵。親に捨てられ行き倒れていた舎利を拾った、命の恩人。

唇を噛みかけて、紅が落ちると舎利は耐えた。じっと凛慈の金瞳を見返す。

「正しく帝位を継いでいただき、迦陵の名誉を回復してもらう」

「それと、あのぼんくらに文を送るのと、何の関わりがあるんだい?」

「仙螺のお坊ちゃんは、日嗣宮さまを陥れた政敵の一人だ。迦陵の仇の一人でもある」

凛慈の言葉に、舎利の頭に血が上った。

「迦陵姐さんの、仇……」

「日嗣宮さまを宮中に戻してやるためには、仙螺のぼんくらを籠絡して、あちらが押さえている証拠とやらを手に入れなければならん」

瞳と同じ群青の髪を乱暴に掻き、舎利は凛慈を睨みつけた。

「それで、文で呼びつけろってわけかい」

「そうだ。お前から会いたいなどと文が届けば、だらしない顔をして飛んで来るだろうよ」

馬鹿にしたような凛慈の声に、舎利の口角も上がる。

「首を絞められるのは嫌なんだけどねぇ。まあ、何とか書いてみるさ」

「仙螺の者だけあって、あのお坊ちゃんは薬には馴らされているからな。外国由来の強力な媚薬でも用意するか」

「それより、手っ取り早く言うことを聞かせられるような、便利な毒はないのかい」

くつくつ笑いながら、舎利は鏡に向き直り髪を結い始めた。その背に、凛慈の声がさらに掛かる。

「呆気なく殺してしまっては、この楼の花たちの気が済まないだろう?じわじわと、追い詰めてやらないと」

それもそうかと頷き、髪を結い終えた舎利は文机に向かった。

「ああ見えて、風流なことが好きだからねぇ。紙にお好みの香りでも吹きつけてやろうか」

「精々媚を売って、何をさておいても駆けつけるような、熱烈なやつを頼む」

筆を取る舎利を残して、凛慈は部屋を出た。

悪巧みの詳細は、朱夏には明かせなかった。あの側近には、話しておくべきだろうか。

だがあの烏という親王の側近は、櫻花楼にいる間朱夏の側を絶対に離れないだろう。書きつけでも手渡すか。

頭の中で様々に考えを巡らせながら、ひとまず文を書かせていることを知らせるために、凛慈は朱夏の待つ部屋へと足を踏み出した。



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