捌拾捌
琉兎を収めた棺が、ゆっくりと地に掘られた穴へ埋められた。
上から凛慈と下男が土をかけ、黄褐色の棺が見えなくなっていく。その様子を、朱夏は黙って見つめていた。
棺が完全に見えなくなり、凛慈が下男から渡された花を一輪、小さな山のように盛られた土の上に乗せた。
立ち上がった凛慈が、朱夏に向き直る。
「櫻花楼へ戻ります。そこで、これからのことをお話致したく」
「……石室に宝飾品を収めたりは、しないのだな」
建物の扉をくぐった先は、調度品など何もない白い壁に囲まれただけの場所であった。剥き出しの地面のあちこちに、今凛慈たちが作ったような山が盛られている。
「廟とは言いましても、縁者のいない者たちがお情けで葬られる場所ですからね」
「……」
「彼女のように、立派な棺で眠らせてもらえる者も、ほとんどおりません」
二十歳となり、日嗣宮としてきちんと国を治める補佐をしていると自負していた朱夏には、衝撃的な言葉だった。
「私は、何も知らないのだな」
「知らないことは、これから知っていけばよろしいのです。さあ、いつまでもこのような場にいてはいけません」
朱夏を促し無縁廟を出ようとした凛慈は、向かってくる人影に気づき咄嗟に朱夏を背に庇った。
がきん、と剣のぶつかる鈍い音が響く。いつの間に取り出したのか、凛慈が懐剣を手に誰かの攻撃を受けていた。
「……烏?」
朱夏の呟きが聞こえなかったのか、鬼気迫る形相で武器を構えて凛慈に斬りかかっているのは、あちこち破れた黒装束を纏った烏であった。
「珍しい。月輪ですか。外国の武器ですね」
「貴様っ、我が主をどうしたっ!」
冷静な凛慈の声に頭に血が上っているのか、烏が手にした武器に力を込めるのが朱夏にもわかった。慌てて頭巾を取り、凛慈の横から滑り出す。
「烏、待て!」
ぴたり、と烏の動きが止まった。ぎこちなく、凛慈の傍らに視線を向ける。血走った目が、驚愕したように見開かれた。
「し……親王、さま?」
「武器を下ろせ。……凛慈、私の側近が済まぬ」
「親王さまっ!?」
何故商人になど頭を下げるのか。烏の険しい視線がそう語っているが、凛慈は丁重に琉兎を弔った相手なのだ。礼を尽くしたかった。
「お気になさることはありませんよ。貴方さまの御身を案じ、このような都外れまで駆けつけた、忠義の者ではありませんか」
「ありがたいことだ」
微笑みを浮かべ、朱夏は烏に視線を向けた。
「其方にも、済まぬことをした。何も伝えられず、宮を出てしまった」
「あ、いえ。吾は、何も……」
慌てたように武器を収め、烏がその場で膝をついた。
「ご無事で、安堵致しました」
「何故ここがわかった?」
廟の入口に立ったままではあるが、烏がどうやってここまで来られたのか朱夏は気になった。
「その……そちらの男が、書き置きを……」
「書き置き?」
首を傾げ、朱夏は後ろを振り返った。
「私の居場所を知らせてくれたのか?」
朱夏の問いかけに、凛慈は肩を竦めて笑ってみせた。
「馬鹿正直に書いたりは致しませんよ。手がかり程度のことを、貴方さまがおいでだった部屋の、目立たぬ場所に書きつけたまでです」
「手がかり」
「『日の御子、桜、弔い』と書いておきました」
凛慈の答えに朱夏は烏に視線を戻した。
「それだけで、ここまで来たのか?」
「はい。『日』嗣宮であられる『御子』親王さまを、『桜』の櫻花楼へ。『弔い』は、櫻花楼からならば無縁廟かと」
「優秀な側近どのですね」
本心から感心したように呟き、凛慈が朱夏を外に出るように促した。
「さあ、日も高くなって参りました。そろそろ、戻りましょう」
「そうだな」
「親王さま、一体……」
なおも尋ねようとする烏を制し、朱夏は凛慈に続いて歩きだした。
「話は戻ってからだ」
「戻る、とはどこへ……」
「櫻花楼だ」
短く答え、朱夏は口を引き結んで足を進めた。ちらり、と一度だけ、琉兎の眠る場所を振り返った。
きっともう、ここに来ることはないだろう。花を手向けてもらうように、凛慈に頼めるだろうか。いや、断られたなら烏を来させよう。
心の内でそう決めて、朱夏は前を向いた。




