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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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捌拾漆


激動の一夜が明けた――。

扉を叩く音に、棺の傍らに座り込んでいた朱夏は立ち上がった。開かれた扉から、凛慈が静かに入ってくる。

「これより、棺を埋葬致します」

「どこ、に……」

「遊郭の者は皆、都の外れの無縁廟へと葬られます」

凛慈の言葉に、朱夏は棺で眠る琉兎に視線を落とした。

「……髪、を……」

「はい?」

「形見に、髪を一房貰っても、いいだろうか」

朱夏の請いに、凛慈は黙って頷き懐から小刀を取り出した。

「貴方さまに持っていていただければ、彼女も喜ぶでしょう」

手渡された小刀の鞘を抜き、朱夏は琉兎に近寄った。優しく、薄茶色の毛先を指でつまむ。

さく、と小さな音を立てて彼女の髪を切り、懐紙で包んで朱夏はそっと懐にしまい込んだ。

「では、蓋を閉めます」

連れていた下男を棺の足元側に立たせ、凛慈が頭側に立つ。二人がかりで持ち上げられた棺の蓋が、ゆっくりと閉じられた。その様子を、朱夏は唇を噛んで瞼に焼きつける。

「我らの手で運びますが、日嗣宮さまはいかがされますか」

「最後まで、見送りたい」

朱夏の言葉に頷き、凛慈は用意していたらしい黒い装束と頭巾を手渡してきた。

「その濃紺のお髪は目立ちます。お瞳は隠せませんから、せめて頭をそちらの頭巾で」

「済まぬ」

何もかも凛慈に世話をしてもらう己が情けなく、だが今の自分の力では何もできないと諦めて、朱夏は頭巾で髪を覆い隠した。

「その装束は今お召しのものの上から羽織れます」

「ああ」

言われるがままに羽織り、朱夏は顔を上げた。二度と、下は向くまい。朱夏を救うために命を散らした琉兎の想いを、決して無駄にはしないと固く誓った。


黄褐色の棺が運び出される。

昨夜の朱夏には気づけなかったが、建物内の至るところで、遊女たちの気配が動いていた。運ばれる棺に、慕わしそうな視線が寄せられている。

「……皆、琉兎を見ているのか」

「そうですね。彼女は希望でしたから」

「希望?」

棺と並んで歩く朱夏は首を傾げた。

「必死に働いて借金を返し、真心を尽くしていれば、高貴な方に見初められて身請けされることも可能だと」

「……」

「現実はそう甘いものではないと、彼女も知っていましたがね。希望がなければ、過酷な勤めは果たせません」

櫻花楼の建物を、裏から出る。かつて琉兎と出会った、あの裏路地が朱夏の前に広がっていた。

「……十年前だ」

「はい?」

「この裏路地で、琉兎と出会った。物乞いだと、初めは思ったんだ」

棺を担ぐ凛慈の視線を感じたが、朱夏は返事を期待せずに続ける。

「生まれたばかりの従妹と同じ色の、不思議な少女」

「……」

男子おのこだと思っていてな。私の隠密に使えるかと、身勝手に宮へ連れ帰った」

ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ朱夏に、凛慈は黙って歩き続ける。

「女子だとわかって。私の腹心が調べたところによると、違法な遊郭の者だと」

「……」

「救ってみせると息巻いていた私は、何と幼かったことか」

これまで誰にも語ったことのなかった話を、何故その違法な遊郭の主に話しているのか。

だが、止まらなかった。言葉を挟まず聞いている凛慈を、責めるつもりもなかった。ただ、琉兎との思い出を、誰かに聞いてもらいたいだけなのかもしれない。

「たった十日だ、ともに過ごしたのは。それなのに、私の心の奥に、鮮烈に焼きついて離れない記憶となった」

路地の角を曲がり、都の外れを目指す。朱夏の背に、昇った朝日の光が熱く当たっていた。

「先代の凛慈が、父上に奏上して私の宮まで琉兎を迎えに来た」

「……」

「目に涙を溜めて、懸命に泣かぬように我慢して。勤めを果たすと、私の手を振り払って」

誰とも口づけしないと、微笑んで離れていった琉兎の姿が脳裏に蘇る。

「閉じられた扉を呆然と、眺めるしかなかった」

ふう、と息を吐き、朱夏は凛慈を見上げた。

「父上は仰せになった。買う者がいるから、売る者がいる、と」

「真理ですな」

「いつか、違法な遊郭などなくしてみせると。青い理想を掲げていた」

凛慈の話していた無縁廟が朱夏の目に見えてきた。都の外れ、家々の影もないがらんとした広場に、薄汚れた白い建物が建っている。

「愚かで幼かった私のことを、琉兎はどう思っていたのだろうな」

棺を運ぶ凛慈の足が止まった。つられて、朱夏の歩みも止まる。廟までは、もうあと数歩だ。

「大切な口づけの君だと、以前に申し上げましたでしょう?」

「……」

琉兎が迦陵として奥宮に入った夜のことだ。つき添ってきた凛慈が、与えられていた客間で朱夏にそう告げた。

「貴方さまとの出会いがあったから。彼女は過酷な人生に耐えられた」

「……」

「私への文をお読みになったでしょう?貴方さまのことしか、書いていなかった」

日嗣宮さまを頼む、日嗣宮さまを守ってくれ。

流麗な文字で書き綴られていた、朱夏を思い櫻花楼の女たちを思う文面だった。

「彼女の想いを、否定しないでやってください」

「……」

「彼女を商品として、食い物にしていた私が言うのは、我ながら綺麗事だと思いますが」

小さく苦笑して、凛慈が無縁廟へと足を踏み入れた。



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