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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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捌拾弐


武器をすべて取り上げられ、火の手が収まり始めた夏の宮を背に、朱夏が仙螺の勢力に捕らえられた。

朦朧とする意識の中、それでも必死に身動ごうとする烏の目に、唇を噛む主君の姿が映った。

勝利を確信した表情で、黄駕が朱夏を縛った縄の端を手にする。

「感無量ですな。こうして貴方さまのお身柄を、この私が押さえるなど」

「……」

「そうそう、お疑いのようですから先に伝えておきますがね。輝山の大臣の署名は本物ですよ」

にやにやと笑いながら、黄駕が本宮へ向けて足を進めた。縄を引かれ、朱夏の足も動く。

地に這ったまま、主君を救おうと烏が暴れる。先ほどまで烏の体を踏みつけていた黄駕が、不愉快そうに眉を顰めた。

「朱夏親王さまの子飼いは、躾がなっていないようですなぁ。私がきちんとわからせてやりましょうか」

嗜虐的な表情の黄駕に、朱夏は低い制止の声を掛けた。

「其方にそのような権限はない。そして、私のことは日嗣宮と呼ぶように」

「これはこれは……ご自身のお立場がまだよくおわかりではないようだ。貴方さまは、こうして捕縛されて引っ立てられる罪人なのですよ」

「私は罪など犯していない」

きっぱりと言い切り、朱夏は烏にちらりと視線を向けた。

その瞳に諦めの色は見えず、烏は頭を切り替えた。今は耐え、仙螺の者たちが去ってから主君を救いに本宮へ忍んで行けばいい。

抵抗をやめたように見える烏の態度に気をよくしたのか、黄駕が歩きながら上機嫌に続ける。

「さすがに帝の御子を、貴人牢にお入れするわけにも参りませんで。表宮の一室を、貴方さまのためにお空けしました」

「其方の妹御も、表宮においでのはずだが」

朱夏の言葉に、黄駕が縄を引く手に力を込めた。腕に食い込む縄の感触に、朱夏が唇を噛む。

「第二室さまは、清廉なお方ですからなぁ。貴方さまに疑いの目を向けられても、毅然としておいでだ。己に恥じるところなどないからと、大人しく表宮の一室で過ごしておられますよ。いやあ、ご立派だ」

「……」

清廉が聞いて呆れる。朱夏はそう思ったが、口には出さなかった。ここで言い合いをして、無駄に体力が削られるのは避けたい。表宮に軟禁されるのなら、輝山の大臣と何とか連絡を取ることもできるだろう。

きちんと背を伸ばして真っ直ぐに歩く朱夏の姿に、仙螺の者たちは面白くなさそうな目を向けていた。


帝の執務室にほど近い、表宮の一室。

本来ならば外国の要人などを饗すための客間だが、日嗣宮である朱夏を押し込める適当な部屋がなく、扉に見張りを立たせることで一時的な軟禁部屋としたようだ。

「さあ、こちらでお待ちを。すぐに、我が父が参りますので」

部屋の中央に置かれた椅子に腰掛け、縄を解かれた朱夏は首を傾げた。

「仙螺の大臣が?毒の鑑定をしているのではなかったか」

「勿論それも大急ぎで調査しておりますよ。ですが、父はあまり薬に詳しくはないのでね。一族の詳しい者が、必死に調べております」

「輝山からも、人を出したはずだが……」

祖父の言葉を思い出し朱夏が尋ねると、黄駕はふんと鼻を鳴らした。

「貴方さまは、こちらへ何か尋ねるお立場にないのですよ」

やれやれ、とでも言いたげに両手を肩の上に上げてみせた黄駕に、朱夏はさらに尋ねた。

「では、妻の安否だけでも聞かせてもらえまいか。それすら、許さぬと?」

「そちらも、ご心配には及びませんよ。我が甥とともに、冬の宮で健やかにお過ごしです」

「それを、信じろと?」

きつく睨む朱夏の視線にも怯まず、黄駕は楽しそうに言葉を続ける。

「信じるかどうかは、貴方さまの自由です。さて、私はそろそろ失礼致しますよ。やることが溜まっておりますのでね」

「輝山の大臣は、こちらへ来られるか?」

朱夏に背を向けた黄駕が、ちっと舌打ちを漏らして朱夏に歩み寄った。襟元を、乱暴に掴まれる。

「いい加減になさいませよ、朱夏親王さま。貴方は、今ここに捕らえられている罪人なのだ。何故、貴方さまに有利な証言をなさりそうな、輝山の大臣など寄越さねばならないのです」

早口にそれだけ言い捨てて、手を離した黄駕が部屋を出ていった。

ばたん、と大きな音を立てて扉が閉じられる。

一人になった朱夏は、きつく目を閉じて煌姫の無事を願う。

怖がって泣いていないだろうか。冬の宮で、無理なことを言われていないだろうか。

父帝が無事かどうかも、聞かされていない。何の毒を盛られたのか。回復はされるのか。

貴人牢に入った迦陵のことも、朱夏の脳裏から離れなかった――。



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