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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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漆拾捌


「……っ、わた、わたくしが……やりました」

か細い声が静まり返った執務室に響く。

我に返った朱夏が、床に座り込んだままの迦陵に視線を戻した。

「第六室どの……?」

怪訝な朱夏の声に答えず、迦陵は真っ直ぐに蓮黄を見つめる。

「わたくし、が……今上さまに、ど、毒を……日嗣宮さまは、何の関わりもございません……!」

「まあ」

わざとらしく目を丸くしてみせた蓮黄が、緋扇を開いて口元を隠す。だが、その目元に隠しきれない笑みが浮かんだ。

「潔い者は嫌いではなくてよ。では、牢に入ってもらわなくてはね。日嗣宮さま、よろしいですわね?」

「ま、待て……」

「こうして自ら罪を認めたのですもの。第六室さまのお気持ちを、汲んでさしあげなくては」

ふふふ、と笑いを漏らし、蓮黄が武官に目配せをした。それを受けた武官が、震える迦陵の細い肩に再び手を掛ける。

「お立ちいただきます」

「せめてもの温情に、手枷は嵌めずにいてさしあげるわ。牢も、貴人用の牢に入れてさしあげる」

「何故、第二室どのが決める」

迦陵を強引に立ち上がらせた武官を睨みつけながら、朱夏の喉から低い声が漏れた。

「まあ。今この場において、最も高い位にいるのはわたくしですもの。それとも、日嗣宮さまがその権限でお決めになるの?」

挑戦的な蓮黄の言葉に、朱夏は唇を噛む。父帝が不在の今、罪を犯した者への判断を勝手に下す力は己にはなかった。だが、このまま迦陵を捕らえさせることも正しいとは思えない。

「……第二室どのが目撃したことが事実でも、第六室どのが確かに毒を盛ったとわかるまでは、貴人牢でお過ごしいただく」

絞り出すような朱夏の声に、蓮黄が面白そうに目を細めた。

「第六室さまは、ご自分がやったと仰せでしょう?何を迷うことがありまして?」

「では、その毒入りの茶はどこだ?第六室どのが淹れたという、茶器と茶葉はどうした」

「えっ?」

きょとんと目を丸くした蓮黄に、朱夏は詰め寄った。

「第六室どのの罪の証となる、毒入りの茶はどうした?まさか、大事な証拠を勝手に処分したなどとは、言われまいな?」

「っ、も、勿論ですわ!わたくしが連れていた侍女に、その場で取り上げさせました」

「それは、今どこにある」

逃がさないというように蓮黄の瞳を睨む朱夏から、たじろいだように蓮黄の視線が逸らされる。

「第二室どの」

「ちっ、父上さまに、調べるようにお願い致しましたわっ」

「仙螺の大臣に?」

朱夏の眉が顰められた。迦陵の存在を忌々しく思っていたであろう第二室派閥の、長である仙螺の大臣の手に渡ったとなれば、証拠を握り潰される恐れがあった。

「我が家は古来より、薬に詳しく研究する者も一族に多くおります。一体どこの何の毒を今上さまに飲ませたのか、厳しく調べてもらうようお願いしてありますわ」

「……随分手回しがよいようだな」

「なっ!」

疑わしげな表情を浮かべた朱夏に反論しようと口を開いた蓮黄は、冷たい青灰色の瞳に押し黙った。

「仙螺家だけに調査を任せるわけにはいかぬ。輝山からも人を出してもらうように、輝山の大臣に私から頼もう」

「何を……」

「それと、我が父を害したやもしれぬ相手だからな。第六室どのは、私がこの手で貴人牢までお連れする」

蓮黄に背を向け、朱夏は武官に腕を掴まれている迦陵に歩み寄った。そっと声を掛ける。

「第六室どの。父上がご回復されるまで、申し訳ないがそのお身柄を預からせていただく。其方からの話は、輝山と仙螺、両大臣が揃った場で改めて聞かせていただこう」

「……」

「その手を離せ。私がお連れする」

朱夏から視線を向けられた武官は、迷うように蓮黄を窺った。緋扇を握りしめ、きつい眼差しで朱夏を睨んでいた蓮黄は、諦めたように頷いてみせた。

「罪人を逃がさないのならば、日嗣宮さまにお任せ致しますわ。わたくしは奥宮へ戻ります」

「……申し訳ないが、第二室どの。其方にも見張りをつけさせていただく」

「は?」

帝の執務室から出ていこうとした蓮黄の背に、朱夏が冷たい声を掛けた。勢いよく、蓮黄が振り返る。

「どういうことですのっ?」

「父上がお倒れになった時、この場にいたすべての者に、監視をつける」

「何の権限で……っ」

「日嗣宮さまの権限でございますよ、第二室さま」

開かれた扉から、輝山の大臣が入ってきた。夏勢帝が倒れたとの一報に、これまで駆け回っていたのか額に汗が浮かんでいる。

「今上帝さまがお倒れの今、政を動かすのは我ら大臣でございますが。代わりのご裁可は日嗣宮さまがなさいます。ご存知ありませんでしたか」

「……っ」

「近衛から見張りをつけます。第二室さまには、奥宮ではなく表宮の客間にお入りいただきたい」

悔しそうに唇を噛んだ蓮黄の後ろに、大臣が連れてきた女性の武官が立った。

「第二室さま、ご案内致します」

「……わかりましたわ」

つん、と顔を上げて蓮黄は執務室を出て行った。慌てたように、室内にいた彼女の護衛の武官が続こうとする。その動きを許さず、輝山の大臣は連れていた別の武官に指示を出す。

「其方はこちらだ。第二室さまとは別の場所で過ごしてもらう」

「こちらへ」

短く告げられ、蓮黄と反対の方向へ連れて行かれる武官の姿を見送って、朱夏はようやく息を吐いた。

「よい間であった、輝山の大臣」

「ご立派なご判断でございましたな、日嗣宮さま」

「本宮の貴人牢へ、彼女を連れて行く。侍女はつけてもよいのだったか」

立ちすくんだ迦陵に痛ましげな目を向けた輝山の大臣が、困ったように眉を下げる。

「お世話をする者を、一人だけはつけてよい決まりですが……」

「必要ございませんわ」

ぽつり、と迦陵の細い声が執務室に響いた。


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