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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

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漆拾参


帝一族の霊廟が建つ山の中腹から、朱夏は都を見下ろした。

日嗣宮となった年から、時折執務の合間の休息に訪れているこの場所には、建物の裏手に大きな桜が植えられている。

濃い緑の葉をつけた桜の枝が、吹き渡る風に揺れていた。その様子を、ぼんやりと朱夏は眺める。

冬の宮へ訪いの許可を求める文を出し、櫻花楼へも書状を送った。今上帝の在位を祝う式典が終われば、一度忍んで行きたいと書きつけたものだ。

幼い時分に己に誓った理想は、何一つ形にできていなかった。違法な遊郭など、この国から無くしてみせると、強く誓ったというのに。いまだに、櫻花楼はあの裏路地で、商いを続けている。


『買う者がいるから、売る者がいる』


父帝の声が、耳の底にこびりついて離れない。

摘発して店を潰せば、多くの者が路頭に迷う。代わりに生きる術も与えられないのに。

男の欲を発散する場がなければ、市井の者が被害に遭うかもしれないという父の言葉も思い出した。

十歳だった朱夏に、夏勢帝は隠すことなく話して聞かせた。あれから十年。ただ与えられた仕事に向き合い、夏の宮で穏やかに過ごすだけの己に、果たして理想を叶えることなどできるのだろうか。

朱夏の自問に、答えは出なかった――。


町で流行りの菓子を土産に、朱夏は夏の宮へと戻った。懐には、父から渡された紅の巾着も忍ばせている。

沓を履き替え、真っ直ぐに煌姫の私室を目指した。宮の警護に当たっていた烏が、静かに後ろをついて来る。

「煌、戻った。具合はどうかな」

若い侍女に扉を開けさせ、朱夏は煌姫の姿を確認した。長椅子に横になり、肘掛けに頭を乗せて凭れかかっていたようだ。朱夏の姿に目を見開き、慌てて起き上がろうとする。

「朱夏さま、申しわけ……」

「よい、楽にしていよ」

煌姫の側に近づき、朱夏はそっと床に膝をついた。

「お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま。具合がよくないのか?」

心配そうな朱夏の声に、煌姫はゆるゆると頭を振った。

「少し、おなかが重くて……でも、もうおきられますわ」

「無理をすることはない。私には、女人の苦しみはわからないが。辛いのならば、休んでいなくては」

煌姫の額に手を当て、朱夏はそっと前髪を撫でた。柔らかい薄茶色の髪が、さらりと揺れる。

「そうだ。土産があるのだった」

「おみやげ?」

「今、都で人気の菓子だそうだぞ」

朱夏の言葉に瞳を輝かせ、煌姫は微笑みを浮かべた。

「うれしい!ありがとう存じます」

起き上がろうとする煌姫に手を貸し、朱夏は卓の上に菓子の包みを広げた。

「水羊羹と、錦玉を烏に買ってきてもらった。どちらも、涼やかな心持ちになれると人気だそうだ」

「きれい……これは、お花?」

卓に並んだ色鮮やかな錦玉に、煌姫の視線が釘づけになった。

「練りきりで作った花を、寒天で閉じ込めてある。民たちもこの季節には、よく食べるものだぞ」

「食べるのがもったいないくらい」

「そうだな。だが、食べねば傷んで、もっと勿体ないぞ」

「まあ、いじわるな朱夏さま」

拗ねたような口調の煌姫に普段の明るさを感じ、朱夏は内心で安堵の息を漏らした。

「莉羅に茶を淹れてもらおう」

「あ、わたくし桜のお茶がいただきたいわ」

桜の香りがつけられた茶葉は、かつて煌姫が過ごしていた桜の離宮でよく饗されていた。

「懐かしいな。あるのか?」

「おうかろうから届きましたでしょう?」

朱夏の二十歳の祝いと煌姫の装束を送ってきた際に、ともに包みに入っていたのか。

「済まぬ。私は茶には詳しくないからな。其方を麗しく飾る衣装にばかり気を取られていた」

煌姫の頬が朱に染まった。両手で顔を覆い、指の隙間からちらちらと朱夏を盗み見る。

「しゅ、朱夏さまは、わたくしをよろこばせるのがお上手ね」

「其方が喜んでくれるのなら、私にとってこの上ない喜びだ」

「も、もうっ」

隣に並んで座った朱夏を睨みつける煌姫は、真っ赤な顔と羞恥の涙が滲んだ瞳で、まったく威力のない眼光であった。



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