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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

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漆拾壱


宝物殿の目録が、冬の宮に――。

国中から献上された品を収めてある宝物殿は、その名が示す通り帝の権威を示す宝物で埋められている。管理することが許されるのは、帝その人と後継者、そして許しを得た文官が一人だけである。

現在許可を得ている文官は輝山出身の妙葵であり、第二室の派閥とは関わりがない。冬の宮に赴くことなど、あるはずがなかった。

父帝の顔をまじまじと見上げ、朱夏は口を開いた。

「それは、まことですか」

「恐らくな。蓮黄は足繁く冬の宮に通っておるが、時折差し入れと称してここにも立ち寄る」

「……」

書棚を睨みながら、夏勢は続ける。

「先月の終わりにも、櫻花楼から献上された珍しい菓子だと、この部屋に押しかけてきた」

「その際に、持ち出したということですか?」

顎髭を撫で、夏勢帝は首を横に振った。

「確証はない。だが、この部屋に立ち入れる者は限られる。扉外に武官も控えておるしな」

帝の室ならば、それも大きな権威を振るう第二室ならば、執務室に入り込むことは容易なことだった。

「意外です」

「うん?」

「第二室どのは、ここにはあまり近寄らないかと思っておりました」

朱夏の言葉に、夏勢帝は気まずげに視線を逸らした。

「……近頃は、訪れることが増えてきたぞ」

「それは……」

言いかけて、朱夏は言葉を飲み込んだ。蓮黄がここを敬遠していたのは、帝の寵愛する迦陵と顔を合わせたくなかったからだろう。だがこのところ、夏勢帝は迦陵を籠宮から外へ出さない。

頭を振って、朱夏は考えを切り替えた。父帝の私的なことまで、口を出すべきではない。

「先ほど、仙螺の大臣にも伝えました。冬の宮に使いを出し、冬廉を訪ねてみようと思います」

「目録を探すか」

「まずは、ただ弟に会いに行くだけという体裁を整えます。さすがに冬の宮を、我が物顔で探るわけにはいきません」

一度訪ねて弟と交流し、その後深夜にでも、朱夏に仕える隠密たちを動かせばよい。

目録探しだけに時間を割いているわけにもいかなかった。式典の準備や、地方から上がってきている嘆願も確認しなくてはならない。

「そう言えば、慶事があったようだな」

話題を変えるように明るい声を出した夏勢帝が、室内の椅子に腰を下ろした。卓に置かれた茶器を手に取る。

ゆっくりと口をつける父に、朱夏は頷いた。

「ご存知でしたか。昨日、煌に月の障りが来ました」

書棚を離れて、朱夏は己に与えられている席へと戻った。清書した議事録の墨が乾いたことを確かめ、束にして綴る。

「無事に成長しているようで何よりだな」

安堵したような父の声に朱夏も首肯した。従妹である妻の成長が、朱夏にも待ち遠しい。健やかに心安らかに過ごしてもらえるよう、心を砕く朱夏に夏勢帝も満足げであった。

「今日は早めに御前を失礼して、妻に土産でも買って戻ろうと思います」

「土産か。ああ、朕からも祝い物をやろう」

「はい?」

ゆったりと立ち上がった夏勢帝が、自身の執務机に近寄り抽斗を開いた。書棚に議事録を収めていた朱夏は、そのまま父へと歩み寄る。

ずいっと差し出された手に、朱夏は思わず両手を出した。ころん、と朱夏の手の平に落とされたのは、朱色の巾着であった。

「これは?」

「先日櫻花楼より届いた物だが。女が使う紅だ」

「紅……」

口をきっちりと閉じられた巾着を、開けるべきか朱夏は逡巡した。父の瞳を見返す。

「思ったより色が淡かったのでな。開けずに返そうかと思っていたのだが、煌には似合うだろう」

「……」

それは、他の誰かのために購入したものを、煌姫へと下げ渡そうということだろうか。

眉間に皺を寄せた息子に苦笑し、夏勢帝は朱夏の手から巾着を取り上げた。流れるような所作で袋の口を開ける。

中から、桜色の容器が出てきた。蓋に桜の絵が描かれており、朱夏の手の平にすっぽりと収まる大きさだ。

「開封はしておらぬが、容器と同じ色合いの紅だそうだ。煌の顔には似合うだろう」

「……ありがたく、頂戴致します」

「下げ渡しではない。端から煌のために買った物でもないがな」

首を回し、肩を押さえて夏勢帝は立ち上がった。

「籠宮に戻る。昼餉はあちらで取る」

「厨番に伝えるよう、文官に指示しておきましょう」

「凝りを解したら戻る。急ぎの仕事がなくば、其方も宮に帰るがよい」

それだけ言い置いて、夏勢帝は執務室を出ていった。扉の外に控えていた護衛たちが、その後をついて行く。

小さく息を漏らして、朱夏は己の席に戻った。急ぎではなくとも、やるべきことは山積みだ。冬の宮へも文を(したた)めねばならない。櫻花楼にも、使いを出すべきか。烏の言うように、今は控えておくべきか。

考えるべきことが多く、忙殺されそうな日嗣宮の立場である。できるだけ早く済ませて、夏の宮に帰りたかった。


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