表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/120

漆拾


「日嗣宮さま」

朝議を終え、執務室へと向かっていた朱夏は、背後から声を掛けられた。全身に纏わりつくような声は、仙螺の大臣のものだ。

手にしていた議事録の書きつけを脇に抱え直し、朱夏は振り返った。

「何か、仙螺の大臣」

青白い顔をした痩せた男が、廷臣の中で最高位を示す文官の装束を纏って立っていた。輝山の大臣と並ぶ、国の重鎮である。

「大きな式典が近く、あまり話せる機会がございませんでしたから。ご機嫌伺いでございます」

若い頃は燃えるように赤い髪をしていたと聞くが、随分白いものが混じり額も後退している大臣を、朱夏はまじまじと見返した。娘である第二室を恐れ、己から行動することは滅多にない男だというのが朱夏の評だった。何故声など掛けてきたのか。

政の席でも会話を交わすことの少ない二人の珍しい姿に、重臣たちが驚きながら通り過ぎていく。

「恙無く過ごしている。仙螺の大臣も、変わりはないか」

「はい。お陰様で、近頃は親王さまのご成長を楽しみに過ごしております」

仙螺の大臣が「親王さま」と呼ぶのは、現在冬廉ただ一人。朱夏も、ここのところ弟に会っていなかった。

「冬廉も息災か」

「はい。冬の宮で、日々勉学と鍛錬に励んでおられるようです」

目尻を下げた大臣は、孫の成長を喜ぶただの祖父に見える。だが、第二室の意に沿うように立ち回る態度に、常日頃朱夏は嫌悪感を募らせていた。

「冬廉には、私が帝になった暁にはしっかり支えてもらわねばならぬ。成長が楽しみなことだな」

帝の位に冬廉を就かせたがっている第二室派閥の長として、どんな反応が返ってくるかと朱夏は内心身構えた。蓮黄は、常に緋扇の陰から朱夏を睨んでいたが。

朱夏の言葉に、仙螺の大臣は深く頷いた。

「左様でございますなぁ。親王さまがお支えし、日嗣宮さまの御世を素晴らしきものにしていただきたいものです」

「……」

本心なのか真意を隠しているのか、朱夏には掴みかねた。嘘を吐いているようには見えないが、目の前にいるのは蓮黄の父親なのだ。油断は禁物だった。

「久しぶりに、冬廉の元を訪れて話などしてみたい」

「えっ、親王さまとですか」

目を丸くした大臣に、朱夏は心の内で苦笑した。帝の右に控える大臣が、腹芸もできず表情に出すなど宮中でやっていけるのか。他人事ながら心配になる朱夏であった。

「理由をお聞きしても?」

「弟と会うのに理由が必要か?」

問い返すと、ぐっと口を引き結んで大臣は押し黙った。これは、もう少し揺さぶれるだろうか。

「第二室どののお許しがなくば、冬廉には会えぬか?父である其方が仲立ちしても?」

探るような朱夏の問いに、途端に大臣は慌てたように手を振った。

「いえいえ、そのような。ご兄弟ですからなぁ。いつでもお会いになってよろしいかと存じます」

「そうか。ならば、冬の宮に使いを出そう」

早速、という表情を作って朱夏が歩きだそうとすると、焦ったのか大臣がついて来る。

「あ、いや、日嗣宮さま。よもや、今日これから、などと性急なことは申されませんな!?」

「いきなり訪ねるような無作法はせぬ。まずは、訪問の許可を得なければな」

冬の宮の主である冬廉の許可があれば、朱夏は訪ねて行ける。第二室や仙螺の大臣の顔色を窺う必要もなかった。

最後に会った時はまだまだ幼かった弟だが、少しは成長しているだろうか。そして、足繁く通う母親の口から、何か聞かされていないだろうか。

「それでは、仙螺の大臣。執務に遅れるので、私はこれで失礼する」

「あ、日嗣宮さまっ」

大臣の答えも待たず、朱夏はさっさと歩きだした。


父帝の向かいに座り、朝議の記録を清書する。以前は秋務が担当していたが、昨年からは朱夏の仕事の一つとなっていた。

机に向かう朱夏に、夏勢帝がちらりと視線を寄越した。つむじに父の視線を感じるが、仕事が溜まっているので朱夏は気づかないふりをした。諦めたように、夏勢帝も手元に目を戻して決裁の署名を書き始める。

しばらく一心に机に向かい、ようやく纏め終えた朱夏は軽く息を吐いて顔を上げた。父帝の、青灰色の瞳と視線がぶつかる。

「……父上?」

「終わったか」

議事録の脇に筆を置き、墨が乾くまでの間朱夏は宝物殿の目録を探すことにした。

立ち上がる息子の動きを目で追っていた夏勢帝は、探し物が目録だと気づいたのか軽く目を瞠る。

「目録か?」

後ろから声を掛けられ、書棚を確認していた朱夏は振り返らずに答えた。

「はい。私の手元に、二代前のものが届きましたので」

「……仙螺か?」

「まあ、そうでしょうね」

肩を竦めた朱夏の声は、大したことではないといった調子だ。誤った目録を届けられたところで、こうして当代のものを探し出してしまえばよいことだった。

対して、夏勢帝の顔つきは難しいものになった。立ち上がって、腕を組む。

「そこには、其方の探し物はないやもしれぬ」

「は……?」

「其方の元に目録が届いたのは、いつのことだ?」

手を止めて振り返った朱夏は、首を傾げて父に答える。

「先月の終わりです。式典のための品検めに必要だから、と」

「……なるほど」

短く呟き、夏勢帝は書棚側の朱夏に近づいた。

「父上?」

「恐らく、そこに当代のものはない」

「では、どこに……」

まだ己より背の高い父の瞳を、朱夏は下から覗き込んだ。

「冬の宮だろう」

「!?」

告げられた思いもしなかった事実に、朱夏の瞳が大きく見開かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ