表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/121

陸拾参


通り過ぎる廷臣たちから煌姫への微笑ましい視線を受けて歩きながら、朱夏は奥宮へと続く黒門の前で足を止めた。同じく歩みを止めた煌姫が、不思議そうに見上げてくる。

「煌、これより先は、男子禁制の奥宮となる」

「……?」

「烏を始めとした護衛の者たちは、ここから先はついて来られない」

背後にずらりと控える武官たちに目を向け、煌姫はもう一度朱夏を見上げた。

「其方のことは、私が護る。だから、私から離れぬように」

「はい」

しっかりと頷いた煌姫の頭を撫で、朱夏は烏に視線を向けた。

「戻ってくるまで、ここで待て」

「御意」

「春香、煌から離れるなよ」

「かしこまりました」

朱夏と煌姫が並んで黒門をくぐり、春香が籠を手にしたまま静かに続いた。


ふわり、と花の香りや側室たちが好む香の香りが漂ってきた。

朱夏も足を踏み入れるのは初めての、父の室たちが暮らす奥宮。本宮や夏の宮とは違う、柔らかくて冷たい空気が流れている。そう言えば、正室美紘と第二室蓮黄以外の室には、会ったことがなかった。

脳裏に浮かんだ第六室迦陵の姿を振り払う。

すれ違う奥宮の侍女たちが、朱夏の姿に足を止め壁際に控えて頭を下げた。事前に触れを出していたため、朱夏が歩いていても咎められることはない。

真っ直ぐに、奥へと進む朱夏の歩みが自然早くなった。控えめな声が背後から掛けられた。

「日嗣宮さま、その、もう少し緩やかに……」

はっとして振り向くと、煌姫が春香に支えられるように必死に足を動かしていた。

額に手を当て、朱夏は息を吐いた。奥宮に入ったことで、知らず緊張していたようだ。

「済まぬ、煌。離れるなと言っておいて、私の方が離れるとは」

追いついた煌姫に目線を合わせると、額に少し汗を掻いていた。そっと前髪を直してやり、煌姫と並んで歩きだす。

「朱夏さまは、伯母上さまに早くお会いしたいのでしょう?わたくし、だいじょうぶですわ」

息を切らした煌姫の言葉に、朱夏は苦笑した。余裕のない情けない姿など、見せたくはないのに。

「日嗣宮さま。ご正室さまのお部屋はあの角を曲がった奥でございます」

奥宮にも来たことのある春香が、回廊の奥を指し示した。似たような白い壁が続く回廊で、曲がり角の目印になるようなものが何もない。

「助かる。其方に頼りきりで情けないことだな」

「こちらへいらしたのは初めてですもの。わたくしが、しっかりご案内致しますわ」

柔らかく微笑んで、春香が一歩下がった。


奥へ奥へと進み続け、ようやくたどり着いた最奥の部屋の扉の前。

艶やかな牡丹の絵が描かれた扉が、きっちりと閉じられていた。脇に、女性の武官が二人立っている。

「父上の許可を得て、母上の見舞いに参った。扉を開けよ」

静かな声で告げる朱夏に頭を下げ、武官の一人が室内へ消えていった。

朱夏の隣で、煌姫が装束を整え髪に触っている。

「はるか、どこもおかしくない?」

「はい。日嗣宮さまのご正室さまとして、相応しく美しくあられますわ」

隣から聞こえる密やかな声に口元を緩めていると、訪問を告げに行っていた武官が戻ってきた。

「お待たせ致しました。ご正室さまが、お会いになります」

大きく開かれた扉に朱夏は驚いた。訪問の先触れを出してはいたが、実際にここまで来て断られることも覚悟していたのだ。

「母上、失礼致します」

「しつれいいたします」

朱夏に続いてしっかりと挨拶をした煌姫が、竜胆を持つ指に力を込めた。はっとして、慌てて緩めている。

涼やかな薄緑の絹で造られた几帳が、部屋の奥に立てられていた。向こう側に、美紘が座っているようだ。

几帳の手前で足を止め、朱夏は母への拝礼をする。隣で、煌姫がそれに倣った。

「母上、朱夏でございます。お加減はいかがですか」

「……ぃ」

「日嗣宮さま、ご正室さまは本日、ご機嫌麗しくいらせられます」

母のすぐ側に控えた侍女が、代わりに答えを返してきた。朱夏は煌姫の背にそっと手を添える。

「伯母上さま、てるにございます。おかげんは、いかがでございますか」

「……と、ぅ……よぃ」

「煌姫さま、ご正室さまは、お見舞いへのお礼を仰せです」

やはり、美紘は上手く声を出せないようである。それでも、近頃はこうして、起き上がっていられる日も増えていると聞く。

戸惑ったようにしばらく几帳を見つめていた煌姫が、そっと両手を差し出した。

「伯母上さま、わたくしがつんだお花です。おみまいに、お持ちしましたわ」

「……、……っ」

美紘の囁きを受け、侍女が几帳の陰から出てきた。朱夏も何度か目にしたことのある、輝山から美紘について来た年嵩の侍女だった。

「煌姫さま、ありがとう存じます。ご正室さまは几帳からお出ましになれませんので、わたくしがお預かりしてお渡し致しますわ」

差し出された手と朱夏を交互に見る煌姫は、朱夏が頷いたのを確認して竜胆の花を手渡した。

「花束の方は、後で母上の枕元にでも生けてくれ。侍女に菓子も持たせているから、母上に渡してくれるか」

朱夏から手渡された花も抱え、美紘の侍女が再び几帳の陰へ消えた。

「……ぅ、……っ」

「日嗣宮さま、煌姫さま。ご正室さまは大層お喜びです。本日はありがとうございました」

「……また、伺ってもよろしいですか」

この僅かな時間でも、母の体に障るのならば、訪問は控えたい。朱夏の問いかけに、几帳の向こうで美紘の体が動いたのがわかった。

「……ぃ、か……ら」

「今上帝さまのお許しがあれば、またこのように訪っていただきたい、と仰せですわ」

「わかった。それでは、母上。御前失礼致します」

「……ごぜん、しつれいいたします」

名残惜しそうな煌姫の背に手を添え、朱夏は母の私室を辞した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ