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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

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陸拾


第二室蓮黄から献上された仙螺の美酒は、煌姫の目につかない蔵へと運び込まれた。

ただの果実酒であるのか、一昨日の夜に朱夏に盛られた媚薬であるのか、まだ判別がつかないためである。

毒見役の小姓に酒を検めるよう命じ、朱夏は煌姫の私室に足を運んだ。冬廉の思わぬ来訪で手を取られたが、そろそろ夕餉の刻限である。

宴席では寿餅しか口にできなかったが、今宵は夏の宮でも豪勢な食事が支度されている。

「煌、ご機嫌はいかがかな」

春香の開けた扉から室内に入った朱夏は、長椅子にちょこんと腰掛けた妻に声を掛けた。

「朱夏さま、どなたかいらしていたの?」

「……いいや」

朱夏の返事に首を傾げながら立ち上がり、煌姫がこちらへ歩いてくる。すでに花嫁衣装は脱ぎ、楽な部屋着に着替えていた。

夕餉が終われば、再び湯浴みをして夜着を纏うことになっている煌姫の顔には、儀式と宴の疲れが滲んでいる。

ふわり、と小さな体を朱夏は抱き上げた。

「しゅ、朱夏さまっ」

途端に頬を染めた煌姫の額に唇を落とし、朱夏はそのまま長椅子に腰を下ろした。膝の上に、煌姫の体を乗せる。

「わたくし、もう大人ですのよっ」

「だが、私の妻となったのだろう?夫婦ならば、こうして触れ合うのは当然のことだ」

「そうですの?」

きょとんとした煌姫の髪にもう一度口づけをして、朱夏は壁際に控える春香に視線を向けた。

「夜の支度は?」

「今宵から、姫さまとお休みになれるように、お褥は整えてございます」

春香の答えに頷き、朱夏は膝の上の妻に目を戻した。

「煌。今日は疲れただろう。今宵は早めに休もう」

「朱夏さまと、ごいっしょに?」

「勿論だ。私と一緒に眠るのは、嫌か?」

朱夏のずるい問いかけに、煌姫はぶんぶんと大きく頭を振った。

「わたくし、朱夏さまとごいっしょするのを、楽しみにしていました」

「それは嬉しいことを言ってくれる。私も、この時を楽しみにしていたよ」

そっと頭を撫でてやると、煌姫がうっとりと瞳を閉じた。その頬に、朱夏は己の頬を寄せて微笑んだ。

「其方が成人を迎えるのが、待ち遠しいな」

ぱちりと目を開けた煌姫は、薄桃色の瞳で夫となった相手をじっと見上げた。

「わたくしの、せいじん?」

「そうだ。其方が成人したなら、私はもう一度、其方に妻問いをしよう」

首を傾げた煌姫の頬に手を当て、朱夏は優しく撫でた。

「そうして、其方と一つになって。本当の夫婦となるのだ」

「今は、ちがうの?」

「いいや。世にも天にも認められた夫婦だ。だが、まだ心しか繋がれない」

幼い煌姫に語るには、まだ早すぎることだと朱夏にもわかっていた。それなのに、己の欲望が口をついて出てしまったようで、その無様さに苦笑する。

「済まぬ。今のは、まだ忘れていてくれ。其方が大きくなってから、もう一度話そう」

煌姫が答えを返す前に、烏が蔵から戻ってきた。煌姫の体を膝の上から下ろし、隣に座らせる。

「親王さま、ここでは……」

「ああ。煌、少し外す。待っていてくれ」

「はい、朱夏さま」

素直に頷いた煌姫を春香に任せ、朱夏は烏を伴って部屋の入口へと歩いた。


煌姫の様子に目を配りながら、烏の報告を聞く。

「やはり、媚薬のようです」

「そうか。第二室どのは、美女を寄越すなどと言っていたのだが、来たのは酒だけか?」

「届けに来たのは美女でしたが……」

言葉を濁した烏に、朱夏は首を傾げた。冬廉の訪れでそちらの対応は烏にまかせていた。

「追い返したか?」

「はい。随分怯えた様子で、宮の入口を護る者たちに追い返されるのを、必死に抵抗しようとしていました」

その報告に朱夏は考え込む。自分が対峙した方がよかったのか。いや、冬廉の相手を他者に任せるわけにもいかなかった。

「第二室どのの息がかかった者か?」

「恐らくは。婀娜っぽい女人でしたよ」

「怯えていたと言ったか?」

烏の評はひとまず置いておき、朱夏は尋ねる。どれほど美女が来ようとも、朱夏には手を出すつもりなどなかった。

「第二室さまから、何か脅されてでもいたんじゃないですか」

「脅し、か」

朱夏に媚薬を飲ませ、送り込んだ女を抱かせようとでもしていたのだろうか。父帝の言った通り、日嗣宮として失態を演じさせたかったのか。

「ここで考えていても仕方がないな。ひとまず、女は送り返し、媚薬には口をつけなければよい。煌の耳には入れるなよ」

「御意」

烏との会話を終わらせ、朱夏は煌姫の元へ戻った。

長椅子に座ったまま、煌姫は春香を相手に機嫌よく話していた。

「こんやは、朱夏さまのお色のおいしょうを着て、眠るのでしょう?」

「はい。親王さまとの初めての夜をお迎えするのですから。お美しく装わなくては」

「ふふっ。朱夏さま、よろこんでくださるかしら」

そこまで言って、朱夏の姿に気づいた煌姫が頬を染めた。

「朱夏さま。おんなの人のないしょ話を、とのがたが聞いてはいけませんわ」

頬を染める煌姫が愛おしく感じられて、朱夏は微笑んでその頬に口づけを贈った。



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