肆
四季の国の帝一族に生まれた姫君。
朱夏の従妹である煌姫は現在、生誕一月を祝う宴の会場で揺り籠に揺られているところだろう。
薄茶の髪に薄桃の瞳。愛されるために生まれてきたような春の色彩に、帝をはじめとした一族の大人たちは目尻を下げて微笑んでいた。
汚れを手巾で落とし着る物を替えた琉兎に、従妹姫の色を感じた朱夏は戸惑った。
珍しい色彩ではない。むしろ、薄茶色の髪は庶民にはよくある色だ。だが、薄桃色の瞳はあまりいない。
「……叔母上や従妹どのと、同じ瞳だな」
ぽつりと零された呟きに烏は顔を顰めた。裏路地では薄暗く、顔の半分が前髪に覆われていてその色に気づけなかった。夏の宮に連れ込ませたのは迂闊であった。まさか、瞳の色も髪色までも姫君と同じだとは思わなかったのだ。知っていれば、何としても主を止めたものを。
面倒事の気配に烏が内心で歯噛みしていることにも気づかず、朱夏が衝立の側に佇む琉兎に近寄る。
「其方、何者だ?」
問われた意味がわからなかったのか、琉兎が不思議そうに首を傾げた。
「いや、待て。まず、其方の年は?」
「……とし?」
きょとんとした表情に、朱夏が首をひねる番だった。
「まさか、己の年を知らぬのか?」
そんなことがあるのだろうかと目を瞠った朱夏に、烏が控えめに声を掛けた。
「恐れながら。己の年を知らぬ民は案外いるものです」
烏の言葉にしばし声を失い、朱夏は軽く咳払いした。
「見たところは、私よりいくらか年下に思うが。まあよい。まずは腹ごしらえだ」
私室の卓に並べられた食事を指し示す。琉兎に身支度を整えさせている間に運ばせたものだ。
差し出した手の平を不思議そうに見つめ、琉兎が首を傾げた。朱夏の後ろから、再び烏が遠慮がちに声を掛ける。
「恐れながら、親王さま。下々の者にそういった習慣はございません」
「そういった習慣?」
「殿方が、女人の手を取って歩く、といった習慣です」
烏の言葉に動きを止め、朱夏は己の手の平と琉兎を交互に見た。そっと振り返る。
「そうなのか?」
「高貴な方々にとっては、当たり前のことでしょうが」
首を傾げ、朱夏は黙ったままの少女に向き直った。
「だが、差し出したものを引っ込めるのは格好がつかない。どうか、手を取ってくれ。其方の手を、ここへ」
戸惑ったようにうろうろと視線を彷徨わせ、琉兎が恐る恐る、といった気配で朱夏の手の平にそっと手を乗せてきた。小さく、華奢な白い手は、朱夏が少し力を入れただけで折れてしまいそうだった。
ゆっくり、卓に向かって足を踏み出す。
椅子に座らせた琉兎が、卓の上を驚いたように見つめた。薄桃色の瞳が極限まで見開かれ、湯気を立てる食事をじっと凝視している。
「まずは、こちらの汁物を含むがよい。滋養の高い野菜を使って煮込んであるそうだ」
木の匙を琉兎に手渡してやる朱夏のさまは、雛に給餌する親鳥のようであった。
何事が起きても動けるように、烏は朱夏のすぐ近くに立ち少女を窺う。
「それと、こちらは私も好きでよく食べる串焼きだ。狩人が狩った雉に塩を振って焼いたものだ。肉は食べられるか?」
人に傅かれることに慣れている朱夏が、何故これほど甲斐甲斐しく少女の世話をできるのか烏には不思議だった。だが、次の言葉で納得する。
「生まれたばかりの従妹が、もう少し大きくなったらともに食事をしようと思っていてな。世話の仕方を侍女に習ったのだ」
食事の作法など何も知らぬ子どもかと思ったが、琉兎という少女は思いの外綺麗な所作で食物を口に運んでいる。奴隷の拝礼をしてみせたり、薄汚れていたり、それなのに所作が美しいとは何ともちぐはぐな印象であった。
「烏。今これだけ食べさせてしまっては、腹が膨れて夕餉は入らないだろうか」
心配そうな主君の声に吹き出しそうになった烏は、ぐっと腹に力を入れて答えた。
「そもそも夕餉までこの宮に留まらせるのですか?食事を終えたなら、裏路地に帰すのでは?」
「うん……だが、これから暗くなる。一人で帰していいものだろうか」
朱夏の言葉に烏は内心で溜息を漏らす。裏路地に暮らす民というものは、暗がりで生きるものだ。
「慣れた場所でしょう」
「だが……女子なのだろう?平気だろうか」
かちゃり、と音を立てて琉兎が食事の手を止めた。じっと、向かいに座る朱夏を見つめる。
「すまぬ。気が散ったか?」
「どうして、わたしを連れて来たの?」
「何?」
小さく首を傾げ、琉兎が紡いだ言葉に朱夏の思考が止まった。
「わたしの体を使って、誰かを思い通りにするんじゃないの?」
「……っ!」
真っ直ぐに見つめられて、朱夏はしばらく言葉もなかった。




