伍拾伍
盛大な祝いの鐘が四季の国に鳴り響く。
国中の至るところで、宮廷よりの祝い酒や食事が振る舞われ、この時ばかりは貴賤に関わりなく民たちは微笑み合って酒を酌み交わす。
夏が終わり秋に入った、一年で最も過ごしやすい気候の吉日であった。
本宮の最奥、帝一族の冠婚葬祭を執り行う大広間に、神官長の声が朗々と響き渡る。
「此度、ここに新たな縁が結ばれることを、神官長の名において祝福致します」
祭壇の前に従妹と並んで立った朱夏は、頬を紅潮させて神官長の言葉を聞く煌姫に視線を向けた。
白い薄絹の衣を纏い、薄桃色の裳を穿いた煌姫は、薄茶色の髪をしっかりと結い上げている。頭には日嗣宮の正室を示す冠をつけ、きゅっと唇を引き結んでいた。
儀式の雰囲気に緊張しているのか、普段よりも少し表情が固いようだ。宴に移ったならば、たくさん褒めてやろうと朱夏は心に誓った。
「それでは、帝の御前にて、絆を誓われてくださいませ」
神官長の言葉で、夏勢帝が立ち上がって祭壇へと上ってきた。几帳を立てた向こう側には、先日の成人の儀と同じように美紘が座っている。
朱夏と煌姫の前に立ち、夏勢帝が口を開いた。
「婚儀を寿ぎ、末永く恙無く過ごせることを、朕も天に願おう」
「お言葉、ありがたく」
「おことば、ありがたく」
朱夏の言葉に続き、拙いながらもしっかりとした口調で答える煌姫に、周囲から感嘆の声が上がった。
「私は、ここに並び立つ煌を妻として愛し、守り抜くことを天に誓います」
「わたくしは、ここにならび立つ朱夏さまを夫としてあいし、お支えすることを天にちかいます」
厳かな宣誓が終わり、神官長が式典の終了を告げる。
「それでは、この喜ばしい時が末永く続くよう、祝宴へとお移り頂きます」
その言葉に、参列していた家臣たちが下座から順に広間を出ていき始めた。
ほう、と息を漏らした煌姫に、朱夏は微笑みを向けた。
「煌、よく頑張ったな」
結い上げた髪を崩してしまうため、頭を撫でてやることはできない。代わりに、言葉でたくさん褒めることとした。
「誓いの言葉も見事な口上で、立派であった」
「ありがとう、ぞんじます」
頬を染めた煌姫に、夏勢帝も目を細めた。
「日嗣宮の言う通りであるな。煌、よくやった」
「はい。ありがとうぞんじます。伯父……いえ、うえさま」
「儀式は終わった。伯父上でよいのだぞ」
冷徹な政治家と言われる夏勢帝も、一族でただ一人の女児である煌姫には甘い伯父である。
目尻を下げて微笑む伯父に、煌姫は行儀よく腰を落として頭を下げた。
「わたくしは、朱夏さまのせいしつとなったのですもの。もう、子どもではありませんわ」
「これは頼もしい。其方のような見事な女人を正室と迎えられて、日嗣宮は果報者だな」
煌姫と父帝のやり取りに胸の奥が擽ったくなるような心地になり、朱夏は己の頬に朱が差すのを自覚した。
軽く咳払いして二人の注意をこちらへ向ける。
「この後は、夕刻までの祝宴だ。煌、腹が空いただろう。宴の席では、重臣たちの挨拶を受けるだろうが、合間に何か口にするとよい」
「従兄さまもめし上がる?」
「そうだな。其方とともに、何か食べよう。それとな」
朱夏は煌姫に目線を合わせるように屈み込んだ。
「はい?」
「其方は、私の正室となったのだ。いつまでも、『従兄さま』と呼ばれるのは、少し不満だ」
諭すように告げられた内容に、煌姫の瞳が丸くなった。
「私は、今この時より、其方を煌と呼ぶ。其方にも、私の名を呼んでもらいたい」
「……朱夏さま?」
「そうだ。今後は、そう呼んでくれるか?」
煌姫の手を取り、そっとその甲に唇を落とすと煌姫の顔が真っ赤に染まった。まだ大広間から出ていなかった重臣たちが、ざわざわと騒ぎ始める。しかし、好意的な視線であった。
「あ、あに……朱夏さまっ。そういうことは、二人のときにしか、してはいけませんわっ」
瞳に涙を溜めて力説する煌姫に、堪えきれずに朱夏は吹き出した。
「済まぬ。だが、また誰かに余計な入れ知恵をされたな?」
「だっ、だって、りらが……」
「そうか。莉羅には仕置きが必要なようだ。だが、今日はめでたい席だからな。少しは加減してやろう」
屈んでいた体勢から身を元に戻し、朱夏は居住まいを正した。父帝に視線を向ける。
「本日は、煌との婚姻をお認めいただき、誠にありがとう存じます」
「ああ」
「宴の間は、ご挨拶が叶わないかもしれませんので」
秋務が帝の退出を促しに歩いてきた。奥宮に仕える侍女が近づき、美紘を几帳の奥で立ち上がらせている。
「……母上は、本日の宴にはお出ましになりますか」
「いや、このまま奥宮へ戻るだろう」
「そうですか」
几帳に目を向ける朱夏の手を、きゅっと小さな手が握った。
「朱夏さま」
「うん?どうした?」
「明日!伯母上さまのお見まいに参りましょう?」
瞳を輝かせて提案する煌姫に、何と答えたものか朱夏は迷った。奥宮は、帝しか立ち入ることはできない。だが、帝一族の姫ならば禁じられてはいなかった。
父帝に視線を向ける。
「明日は初夜の翌朝、ということになるからな。朝議も執務も免除してやろう」
「それは、お甘いのでは……」
「可愛い妻の初めての願いなら、叶えてやれ」
そう言い置いて、夏勢帝は大広間を出ていった。




