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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

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伍拾肆


夏の宮の私室にて。

明日のための衣装が本宮から届けられた。人型に掛けられた装束を、朱夏は一人で眺めていた。

紫紺の衣と濃紺の袴。腰を止める帯紐は薄青で、すべてが日嗣宮としての朱夏の色調だった。儀礼用の衣装は、最高級の絹地で仕立てられている。

そっと、袖に触れてみた。これを身に着ければ、煌姫と正式な夫婦となる。本来ならば、成人と同時にそうなるはずだった。一年遅れの成婚の儀は、朱夏の気持ちを新たにさせる。

「……煌、私は其方を愛し、守ることを己に誓おう」

まだ幼い従妹。両親とも亡くし、朱夏の愛だけを支えにこれからを生きる姫君を、不安にさせることは決してすまい。

扉が叩かれ、烏が声を掛けてきた。

「親王さま、失礼致します。煌姫さまが、お衣装合わせを終えられたそうです」

静かに室内に入ってきた烏が、装束に触れる朱夏に気づいて足を止めた。

「どうなさいました?」

「ああ、いや。明日には煌の夫となるのだと思うと、身の引き締まる思いがしてな」

「感傷的になっておいでですか?」

からかう口調ではなかった。朱夏の心の奥底まで見抜こうとしているような、烏の漆黒の瞳から逃れるように朱夏は息を吐いた。

「そうかもしれぬな。さて、煌のご機嫌伺いに行くか」

もう一度衣装を眺めて、朱夏はそっと手を離した。


「従兄さまっ」

煌姫の私室へと向かうと、頬を紅潮させた煌姫に出迎えられた。抱きついてきた従妹を難なく受け止め、微笑んで声を掛ける。

「従妹どの、ご機嫌はよろしいようだな」

「従兄さま、明日のおいしょうを、はるかと見ていました」

そう告げられ、部屋の中央に置かれた人型に目を向けた。春香が、煌姫の花嫁衣装に薄布を掛けて覆っているところだった。ちらりと振り返った春香が、小さく頷く。

「明日の婚儀で、其方の着飾った姿を見せてもらえるのを楽しみにしているよ」

煌姫に手を引かれ、朱夏は長椅子まで歩いて腰を下ろした。隣に、煌姫が座る。

「緊張は……していなさそうだな」

「きんちょう?」

首を傾げた従妹の頭を優しく撫でた。

「あのね、従兄さま」

「どうした?」

「明日からは、従兄さまといっしょに、一つのしんだいで眠るのですって」

「っ!」

無邪気に話す従妹から目を逸らし、朱夏は室内に視線を走らせた。

壁際に控える侍女の中、一人が朱夏から目を逸らした。

「……莉羅」

名を呼ばれ、びくりと肩を震わせた莉羅は恐る恐る朱夏に視線を戻す。

朱夏が手招くと、躊躇いがちに側まで寄ってきた。

「従妹どのに、余計な話を聞かせたのか?」

「いえ、あの……」

「従兄さま、りらの言ったことは、うそなの?」

不安げな声に朱夏は我に返った。慌てて、笑顔を作る。

「嘘というわけではない。だが、其方にはまだ早いだろう」

「早い……」

「其方がもっと大人になったなら。そうしたら、莉羅の言うように私とともに眠ろう」

朱夏の宥める言葉に、煌姫は珍しく首を縦に振らなかった。常ならば、従兄の言葉に素直に従うというのに。

唇を噛んで俯き、何かに耐えるようにじっと膝の上で手を握りしめている。その手に、朱夏はそっと手を重ねた。

「従妹どの?どうした?」

「……わたくしが、おとなではないから。だから……従兄さまは、ほかの方と眠るの……?」

「!!」

震え始めた従妹のまだ小さな体を、そっと抱き上げ己の膝の上に乗せた。頬に触れ、朱夏の方を向かせる。

「あにさま……」

「私は、其方を悲しませたのだな。済まぬ。其方が望むのなら、明日の夜からはともに眠ろう」

「……」

何故、幼い煌姫が朱夏の夜の秘事を耳にしたのかはわからない。だが、世に認められた夫婦となるのだ。悲しませるのは朱夏の本意ではなかった。

「私は、其方のものだ、煌」

「……従兄さま?」

背後で春香が息を呑む気配を感じたが、朱夏は振り返らなかった。

「明日の婚儀で誓うはずであったが。今ここで、其方に誓おう。私は、其方を愛し、其方を守る。急いで大人になる必要などない」

よく手入れされた薄茶の髪を撫で、朱夏は従妹の瞳を覗き込んだ。

「不安に思うことがあるのなら、私に言っておくれ。私のすることで、嫌だと思ったことはきちんと話してほしいのだ」

「……わたくししか、おそばにおかないで」

「ああ」

薄桃色の瞳を揺らして、煌姫が囁く。

「こんなにわがままでは、従兄さまにきらわれてしまうわ……」

「私が其方を嫌うことなどない」

消え入りそうな声など、この従妹には似合わない。いつでも、太陽の下で明るく笑っていてくれなくては。

小さな背中をあやすように叩きながら、朱夏は強くそう、思った。



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