伍拾参
朝議の席で、夏勢帝が改めて宣言した。
「本日より、朱夏親王は日嗣宮として、正式に朕の補佐を務める。まだ年若いゆえ、皆よく導くように」
居並んだ重臣たちが頭を下げる。夏勢帝より一段下がった場所に席を与えられ、朱夏は気を引きしめた。これまでのような、子どもとしての甘えは許されない。
朝議を進める輝山の大臣が、立ち上がって一同を見渡した。
「さて、本日の議題は、先年の飢饉によって国庫から放出した食糧の、新たな買いつけについてですが――」
帝と重臣が集う朝議の場で、皆が語る内容を一つも聞き漏らさないように、朱夏は持参した藁紙に筆を走らせた。
帝の御前で議論される内容は多岐にわたる。
民の年貢について。
国内に不穏な動きがないかどうか。
廷臣たちの領地から献上される品について。
天候に左右される塩害や虫害に、有効な対策はないかどうか。
次々に議題に上がる内容に、帝を始めとする国の重鎮たちが、議論を進める。
藁紙に黙々と書きつけながら、朱夏は重臣たちの話に耳を傾けた。
「では、最後にお知らせがございます。明日は日嗣宮さまのご成婚の儀が執り行われます。昨日の成人の儀と同じく、本宮の大広間で行われ、大内殿での祝宴と続きます」
朗々と語る輝山の大臣が、ちらりと朱夏に視線を向けた。
頷きを返した朱夏に目だけで微笑んでみせ、大臣が続ける。
「ご正室となられる煌姫さまは、まだ六つと幼くあられますので、祝宴は昼の刻限に行われます。宴から参加なさる方々は、お間違えなきよう」
話を締めくくった輝山の大臣が、帝に場を譲る。
「それでは、今上さま。お言葉を」
一つ頷いた夏勢帝が立ち上がった。
「今年の夏は暑さが厳しく、体調を崩す者も多かった。皆よく持ちこたえ、秋を迎えられたことを嬉しく思う。これよりも、国と朕によく仕え、二心なく忠義に励むがよい」
居並ぶ重臣が一斉に頭を下げた。
朝議を終え、ほどよい疲労感のまま席を立った朱夏は、父帝に呼び止められた。
「日嗣宮、体調はどうか」
昨夜のことを訊かれているのだと察し、朱夏は父を真っ直ぐに見つめ返した。
「はい。今朝は目覚めもよく、頭もはっきりしております。昨夜は、場をお貸しいただきありがとうございました」
部屋を出ていきかけていた輝山の大臣が、足を止めて気遣わしげな顔を見せた。
「お言葉を挟みますぞ。親王さま……いや、日嗣宮さま。昨日、何かございましたか」
夏勢帝と朱夏の側まで戻ってきた輝山の大臣が、孫の顔を覗き込む。
「大したことではない。少し、夏の宮まで戻りきれずに籠宮で休ませていただいただけだ」
朱夏の答えに、大臣は眉を寄せた。
「それは……」
「本当に、案ずるようなことはないから。何かあれば、きちんと知らせる、祖父上」
呼び方を改めた朱夏に目を丸くし、輝山の大臣はふくふくと笑った。
「まこと、孫の成長とは早いものですな。すっかり大人になられたようだ」
「明日には正室を迎えるのだ。いつまでも、子どものままではいられない」
「左様ですな。頼もしく思っておりますぞ。では、御前失礼致します」
軽やかな足取りで去っていく祖父を見送り、朱夏は夏勢に視線を戻した。
「第六室どのにも、御礼申し上げたいと思いますが」
「必要ない」
「ですが……」
朦朧とした意識の己を、常ならば立ち入ることを許されない私室に入れてくれたのだ。
たとえ記憶が曖昧であろうとも、礼儀を尽くすのは当然だった。
「其方の熱が抜けたのなら、それでよい。あれには、其方の礼の言葉を伝えておこう」
父にこうまで言われては、引き下がるしかなかった。
全身を熱に支配され、朧気にしか周囲を認識できていなかった。彼女と、何か言葉を交わしただろうか。
父と抱き合う彼女を見たような気がするが、あれは現実だったのかどうか。
脳裏に、密やかな声が蘇る。
『熱夜の夢でございますよ』
軽く頭を振って、朱夏は父帝の御前を辞した。執務の補佐は、今日は免除されている。
夏の宮に戻って、明日の支度をしなければならなかった。




