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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
三の章 立太、そして政争の始まり

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53/119

伍拾壱


掴まれた手首が熱い――。

動けずにいる迦陵に、朱夏が縋りつくように喘いだ。

「……っ、春香……ぃや、煌……?」

「……」

「あぁ、私、は……琉兎」

「っ!!」

掴んだ手首を、朱夏が自身の口元へと持って行くのを、迦陵は呆然と眺めていた。瞳を閉じたまま、朱夏の唇が迦陵の指先に触れる。迦陵の肩が跳ねた。

熱に浮かされた相手だ。手を振り払うことができなかった。けれど、このままでは、取り返しのつかないことになる。迦陵の理性がそう告げている。

どくどくと早くなる鼓動のまま、迦陵は指先から伝わる熱に酔いそうになった。

「何をしている」

地を這うような声が響いた。びくり、と身を震わせて、迦陵は手を掴まれたままで振り返る。

侍女が知らせたのか、宴席を抜けてきた夏勢帝が部屋の入口に静かに立っていた。

「今上、さま……」

「今、何をしていた」

大股に歩み寄ってくる夏勢帝の視線から、迦陵は逃れられなかった。だが、朱夏を振り払うこともできず、身動きできない。

焦る迦陵の表情に何を思ったのか、夏勢はちらりと寝台の朱夏に視線を投げてから迦陵の腕を掴んだ。そのまま、ぐいっと力強く迦陵を立たせる。

その拍子に、迦陵を掴んでいた朱夏の手が離れた。

「う、今上さまっ」

手を離された衝撃か、朱夏が寝台の上で薄く目を開けた。霞がかったような視界に、抱き合う父帝と迦陵の姿がぼんやりと映る。

「……琉兎?」

はっとして振り返ろうとする迦陵の細い体を、夏勢帝は逃がさないというように強く抱き込んだ。

「今上さま、あの……」

「朕以外の男に触れることは、許さぬと前にも申した」

迦陵の細い顎に夏勢帝の大きな手が触れ、くいっと上を向かされる。

「う、今上さま」

「これまで触れずとも許してきたが」

青灰色の瞳に、迦陵は強く射抜かれる。拒絶することを決して許さないと、帝の瞳が告げていた。

「今宵は、許さぬ」

「今上……んんっ」

薄く紅の引かれた迦陵の唇を、夏勢帝が喰らうように自身の唇で塞いだ。朱夏の瞳が見開かれる。

これまで、誰にも許したことのない唇を、朱夏の前で奪われた。その事実が、迦陵の感情に蓋をしようとする。何も考えず、何も感じず受け入れていれば、嵐はすぐに過ぎ去る。

「ん……ゃ……っ」

ようやく離された唇は、夏勢帝の強い口づけで赤くなった。その唇を、太い親指がなぞる。

「其方は、朕だけを見つめることしか、許さぬ」

「……っ」

「烏、もうよいぞ。入って参れ」

直前までの激情が嘘のように、冷静な声で夏勢帝が扉に向けて声を掛けた。

水を注いだ杯を手にしたまま、動けずにいた烏ははっとする。

「仙螺の媚薬を抜く薬草も、運ばせておる。煎じて飲ませろ」

寝台で身動きできない朱夏に視線をやり、迦陵の体を抱き込んだままで夏勢帝が続けた。

「本来なら、精を放つのが手っ取り早いが。ここには其方の相手をさせてやる女がいないのでな。薬草で熱を下げろ」

「……ち、ちうえ……」

「今宵は、この部屋で休むことを許す。熱が治まったなら、夏の宮へ戻るがよい」

それだけ言い置いて、夏勢帝は迦陵を抱き寄せたまま私室を出て行った。振り返ろうとする迦陵の動きを許さず、扉は音を立てて閉じられた。


残された烏は息を吐き、朱夏の枕元に膝をついた。

「親王さま、お加減はいかがですか。お側を離れましたこと、申し訳ございません」

「から、す……ここは」

「第六室さまのお部屋です。今上帝さまが仰せのように、間もなく薬草が届きますので、吾が煎じてお飲みいただきます」

まだ頭がはっきりしないのか、朱夏がぼんやりと頷いた。

「あつ、い……」

「仙螺の媚薬と今上帝さまは仰せでした。煎じた薬草を飲まれ、一晩過ごせば薬の効果は抜けるでしょう」

迦陵が水で絞った手巾を手にし、烏は再び盥の水に浸けた。固く絞り、朱夏の額に乗せてやる。

「薬草を煎じるまで、目を閉じてお休みください」

「……」

朱夏を蝕む熱は、命を奪うようなものではない。繰り返し宥める烏の声に安堵したように、朱夏はようやく瞳を閉じた。

そんな朱夏に、烏が囁く。

「ここでご覧になったことは、熱夜の夢でございますよ。どうぞ、お忘れになってください」

意識を手放しかけた朱夏には、烏の呟きは聞こえていなかった。



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