肆拾捌
祝いの宴は深夜まで続く。
帝の隣に席を設けられた朱夏は、次々に酒を注ぎにやって来る廷臣たちに、笑顔を見せ続けた。まだ宵の内ではあるが、疲れが溜まってきているのを感じる。
「日嗣宮さま、まことにおめでとう存じます」
「ありがとう、秋務。これからは、其方ともこれまで以上に顔を合わせることになるな」
「すでに今上さまの補佐をご立派に務めておいでですからな。何の不安もございませんぞ」
酒で赤らんだ顔に笑みを浮かべ、秋務が上機嫌に去っていく。
次にやって来たのは、内政を統括する大臣であった。
「日嗣宮さま、ご成人とご立太、おめでとう存じます」
「ありがとう、輝山の大臣。これより先、父上の下でより一層励むことを約束しよう」
夏勢帝の正室美紘の生家、輝山家の当主である。朱夏にとっては、母方の祖父であった。
「ご立派になられて、ご成長を嬉しく思いますぞ。明後日にはご婚儀もありますし、当家からも祝いの酒をお出し致しますぞ」
「ありがたく、受け取ろう」
朱夏の盃に波々と酒を注ぎ、己もぐいっと飲み干して輝山の大臣が下がっていった。
外交を担当する大臣がやって来る。
「……日嗣宮さま、まことにおめでとう存じます」
第二室、蓮黄を輩出した仙螺家の当主である。当主の後ろに、蓮黄とその息子冬廉も控えていた。
「ありがとう、仙螺の大臣。第二室どのも、冬廉も、宴への参加感謝する」
緋扇から瞳だけをこちらへ向けている蓮黄が、ふいっと朱夏から視線を逸らして息子に目を向けた。
「さ、冬廉。兄上さまにご挨拶なさい」
母に促された冬廉が、大きな瞳を輝かせて朱夏を見上げた。
「あにうえ!このたびは、おめでとうぞんじます!」
「……ああ。ありがとう」
煌姫と同い年のはずだが、弟のこの幼さはどういうことだ。親王としての教育は始まっているはずなのに、公の場での振る舞いが身についていないように朱夏には感じられた。
「わたしも、しっかりとまなび、てるをめとるおとことしてはげんでまいります!」
その場の空気が凍りついた。
真っ青になった大臣と、悠然と微笑む蓮黄の表情が対照的であった。きょとんとした顔で、冬廉は母譲りの榛色の瞳をくるくると動かしている。
こほん、と一つ咳払いし、朱夏は弟に目線を合わせた。
「冬廉、煌姫は我が伴侶なのだ。明後日には、私と婚儀を挙げる。其方が娶ることはない」
優しく、教え諭すように答える朱夏に、冬廉は不思議そうな瞳を向ける。
「ですが!ははうえが、そうおおせでした!てるはわたしがめとる、いとこだと!」
「……第二室どの。このような場で、叫ばせてよい内容ではありませんね」
冷静さを失わない朱夏の声に、蓮黄が緋扇の向こうで目を細めた。
「まあ、怖いこと。幼子の、他愛ない言葉ではありませぬか」
「ただの幼子ではない。冬廉は、二の親王として相応しい振る舞いをせねばなりません」
くすくすと、嫌な笑いを漏らして蓮黄が息子の頭を撫でる。朱夏や夏勢と同じ濃紺の髪は、よく手入れされて艷やかだ。編み込んだ髪を、実母に撫でさせたまま冬廉はうっとりと目を閉じている。
溜息を堪えて、朱夏は毅然と続けた。
「先ほど、父上にも言われたでしょう。私を寿ぐつもりがないのなら、お下がりになっては?」
「お酒の席での軽口でしょうに、そう目くじらを立てるものではありませんわ」
ぽん、と手で膝を打ち、蓮黄が隣に座る父親に目を向けた。顔色を悪くするばかりで、蓮黄の横暴を止めることもできない大臣は、何を考えているのか。
「お父上さま、わたくしどもからの祝い酒は献上しましたの?仙螺が有する西の領地で採れた、秘蔵の果物を使ったお酒」
「……っ」
仙螺の大臣の肩が跳ねた。この父娘は、帝の室である蓮黄の方が力は上なのか。
じっと観察を続ける朱夏に、再び蓮黄が目を向けた。微笑んでいるようで、その榛色の奥は笑っていなかった。
「以前に、ご正室さまにも献上致しました、極上のお酒ですのよ。日嗣宮さまにも、ぜひご賞味いただきたいですわ」
「母上に……」
まさか、これほど目立つ場所で朱夏に毒でも盛るつもりであろうか。
そんな考えが過ったが、さすがにそこまで愚かではあるまい。
思い直した朱夏の後ろから、他の挨拶を受けていた夏勢帝が近寄ってきた。
「何を騒いでおる?」
無礼講の宴の席だからか、夏勢帝はいつものように迦陵を伴っていた。細い腰を抱き、威厳ある姿で蓮黄を睨んでいる。
一瞬悔しそうな表情を浮かべた蓮黄が、済ました顔を作って頭を下げた。
「日嗣宮さまに、我が家からの祝い酒を献上しようとお話しているところですわ」
「仙螺の祝い酒か。まあ、成人したての日嗣宮には飲みやすかろう」
父帝が認めたことに気をよくしたように、蓮黄が朱夏に向けて微笑んだ。
「きっと、お気に入ると思いますわ」
「……ありがたく、頂戴しよう」
押し黙ったままの大臣の様子が気にかかったが、朱夏はひとまず鷹揚に頷いた。




