肆拾漆
晴れ渡る空の下、祝いの鐘が高らかに鳴らされた。
四季の国を治める帝の第一の親王、朱夏が一年遅れの成人の儀を迎えたのだ。
民には振る舞い酒が宮中から出され、春日親王の喪が明けた喜びとともに盛大に祝いの席が設けられた。
本宮の最奥の大広間で、朱夏は儀式用の装束を身に纏って父帝に対峙した。
成人を祝う本日は、立太の儀も兼ねた式典のため、朱夏の装いも常とは違うものだった。
帝と世継ぎにだけ許される紫紺の衣に濃紺の袴を身に着け、結った頭に冠を冠っている。
「朱夏親王。成人を寿ぎ、帝の名の下に日嗣宮としてここに認める」
「この身に誉れと受け取り、ありがたく拝命致します」
よく響く声で朱夏が答えると同時に、盛大な拍手が大広間を満たした。
近頃人前に出ることはほとんどなくなった朱夏の母美紘も、今日ばかりは参列していた。帝の席の隣に、几帳を立てて座している。夏勢帝を挟んで反対側には、緋扇で顔を隠した第二室、蓮黄が座っていた。
几帳で隔てられた美紘の装束は見えないが、蓮黄は夏勢帝の色である濃紺の薄絹を纏い、深い藍色の裳を穿いていた。燃えるような赤毛を複雑な形に結い上げ、榛色の瞳を細めている。
「これより、大内殿での宴に入る。皆、場を移るがよい」
帝の宣言で、大広間に集っていた廷臣たちが順に出ていく。皆、あらたな日嗣宮となった朱夏に、期待と恐れの入り混じった視線を向けながら。
「朱夏、こちらへ」
父帝に呼ばれ、朱夏は帝の御座へ歩み寄った。立ち上がった夏勢が、すっと手を差し出す。
「……?」
「日嗣宮の其方に、父よりの祝いだ」
「ありがとう存じます」
手渡されたのは小さな巾着であった。縁を赤い絹糸で縫い止められており、この場で開くのは難しそうだ。
首を傾げる朱夏に、夏勢が囁く。
「代々の日嗣宮に継がれる、守りの札が収められておる。肌身離さず、持っていよ」
「っ、ありがたく、頂戴致します」
両手で額の辺りまで掲げ持ち、父に頭を下げてから朱夏は巾着を懐にそっとしまった。
ぱちり、と扇の閉じる音が朱夏の耳に届いた。
視線を向けると、第二室である蓮黄が射殺しそうな瞳でこちらを睨んでいた。だが、夏勢の視線を受けてすぐに笑顔に戻る。
緋扇で再び口元を隠し、蓮黄も立ち上がった。
「朱夏親王さま。日嗣宮へのご就任、まことにおめでとう存じます」
「ありがたく、お言葉頂戴する」
「ですが、宮中とは何があるかわからないものですわ。お身の回りに、お気をつけられなさいませ」
「……」
からかいの色が混じった言葉に反応を返さず、朱夏は目を細めた。
「蓮黄、祝いの席に無粋なことだな」
夏勢の低い声にも動じず、蓮黄はふふふ、と笑った。
「まあ、今上さま。わたくしの名を覚えていらしたのですね。近頃は、年若い室へのご偏愛が過ぎると噂になっておりましてよ」
「我が息子の成人と立太を寿げぬのならば、奥宮へ下がるがよい」
「……」
刺々しい会話など聞いていたくもなかった。
朱夏はいまだ座したままの母の元へと足を進める。几帳の前で立ち止まり、頭を下げた。
「母上。ご無沙汰致しております。お加減はいかがですか」
「……」
「失礼を致しました。いま少し、お側に寄っても?」
尋ねながら、朱夏は一段上がって母に近づいた。
体の弱った美紘は、囁くような声しか出せなくなっていた。触れるほど近くに寄らなくては、その言葉を聞き取ることができないと、朱夏にも報告はされていたのだ。
几帳の向こうで、美紘が身動いだ気配がした。
「……せん。それ……近……」
必死に声を出そうとする母に、朱夏は眉を下げた。
「申し訳ありません、母上。その美しいお声を、私にはお聞かせいただけませんか」
もう一段、母の元へと上る。
「だ……離れ……」
「私は、本日無事に成人の儀と立太の儀を終えました。お褒めいただけませんか」
「……!」
がたん、と大きな音が几帳の向こうから響いた。
驚いて駆け寄ろうとした朱夏を、美紘の背後に控えていたらしい侍女が鋭く制止した。
「日嗣宮さま、それ以上近寄られてはなりません!」
「っ」
「申し訳ございません。ご正室さまは、お具合がよろしくないのです。式典も終わりましたし、宮へお連れしたいと存じます」
母の体調を理由にされては、朱夏にはこれ以上、押し通すことはできなかった。
「……はい、はい。
日嗣宮さま。ご成人と立太を、ご正室さまは寿いでおいでです」
侍女の言葉に、朱夏ははっと顔を上げた。
姿を見ることはできなかったが、几帳の向こうで母が微笑んでいるような気がした。




