肆拾
夏の暑さも徐々に緩やかになり、秋の入口が見え始めた頃。
煌姫の花嫁衣装と同じ意匠の装束が仕立て上がった。父親の喪に服す期間のため、盛大な祝いは来年に持ち越されはしたが、夏の宮でのみささやかな祝いの席を設けることとなった。すぐに大きくなるからと、普段着のままでもよいかと思ったが、幼くとも女性なのだからお衣装を仕立てるべきだという秋穂の言葉に従った。
気落ちして表情が沈みがちな煌姫を、宮にいる者で元気づけようという心づもりも朱夏にはあった。
「従妹どの、支度はどうかな」
煌姫の私室に足を踏み入れた朱夏は、まだまだ幼いと思っていた従妹が美しく装った姿に目を見開いた。
濃紺の衣は最上級の薄絹で出来ており、合わせる裳は濃い青色ですべてが朱夏の色彩だった。薄茶色の髪を頭の高い位置で半分結い上げ、残りは背に垂らしている。揺れる髪に、薄桃色の花飾りが散らされていた。
「これは、お美しい。かように麗しい花嫁を得て、私は幸せ者だな」
「従兄さま、ありがとうぞんじます」
久々に見せてくれた晴れやかな笑顔に、朱夏はほっと息を吐いた。
「でも、まだもにふくさなくてはならないのに、よいのかしら」
不安そうに呟いた従妹の側に寄り、かがんで目線を合わせながら朱夏は頷いた。
「明日よりは、また喪の装束を身に纏うのだろう?今宵は、特別だ。私と其方だけの、秘密の宴だ」
「ひみつ……」
「さあ、お手を。庭に宴の席を用意させた。天の国の叔父上にも、其方の美しい姿を見ていただこう」
差し出した手に、煌姫の小さな手が躊躇いがちに乗せられた。
幼くとも敏いこの従妹が、悲しみの中にあっても心健やかに過ごせるようにするのが、朱夏の務めだった。
秋草で溢れた庭の東屋で、朱夏は煌姫と並んで腰を下ろした。最近また少し背が伸びた煌姫は、行儀よく座っている。
春香と莉羅が二人がかりで祝い菓子を運んできた。煌姫の背丈ほどもありそうな大きな菓子に、薄桃色の瞳が釘づけになる。
「あれは、都で一番の甘味店で作らせた、宴用の菓子だ。外国由来の甘味料を使った『けぇく』という菓子だそうだぞ」
「けぇく……」
「今日は、夕餉のことなど考えずともよい。其方が食べたいだけ、けぇくを食べるとよい」
朱夏の言葉に瞳を輝かせ、待ち切れないというように煌姫が卓に乗せられた祝い菓子が切り分けられていくのを見つめている。
莉羅が切り分けた菓子を乗せた皿を、煌姫の前にそっと置いた。ちらりと従妹に視線を寄越され、朱夏は頷いた。その間に、春香が朱夏の前にも菓子の皿を置く。
恐る恐る、といった動きで切り分けられた菓子を一口口に運び、煌姫の瞳が丸くなった。
「おいしい!」
「それはよかった」
「従兄さまっ、このおかし、すごくあまいわ!」
瞳を輝かせ、再び菓子を口に運ぶ従妹を微笑んで見つめ、朱夏も菓子を一口食べた。
食べたことのないふわふわとした食感と、舌がとろけそうな甘みが口いっぱいに広がった。朱夏の口には甘すぎるかと思われたが、菓子の上を彩るように飾られた果物の酸味が、甘さと混じり合って不思議な味わいであった。
「これは、確かに美味い」
「ねっ、ねっ、従兄さまっ。これ、もう少したべてもいいのかしら」
「勿論だ。これは、其方のために用意させたのだから」
珍しくはしゃぐ様子を見せる従妹に頷き、朱夏ももう一口菓子を食べる。
煌姫が膝の上に乗せた手巾が風に吹かれ、庭を飛んでいく。慌てて追いかける莉羅が、「ひっ」と小さく声を漏らした。
不審に思ってそちらへ目を向けると、飛んできた手巾を手にした夏勢帝が立っていた。
菓子を頬張ったままだった朱夏は、目を見開いて喉を詰まらせる。
「……っ、ぐ。ごほっ」
「親王さま、お水を」
春香に差し出された杯を傾け、菓子とともに水を流し込む。
立ち上がって父帝に拝礼する朱夏に、夏勢は頷いて近寄ってきた。伯父の姿に気づいた煌姫も、口の中の菓子を飲み込んで椅子から飛び降りた。
「おじ上さま、ごきげんうるわしゅう」
「ああ。済まぬな、邪魔をしたか」
手巾を煌姫に手渡してやりながら、夏勢は庭を見回した。
夏の宮に仕える者が、皆で集まっていた。無論、宮の入口に警護の武官は残してあるが、侍女たちはすべて庭の宴に集っている。
「いえ、邪魔だなどと……」
答える朱夏はしかし、何故父がこの宮に来たのかを掴みかねて眉を寄せた。
「今宵、其方たちが宴を催していると聞いてな。祝いにこれを持参した」
夏勢が掲げたのは、色とりどりの干菓子が入った籠と、祝いの席で好まれる酒であった。




