表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
二の章 夏の宮の日々と、父の側室

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/119

参拾漆


健やかな寝息を立てる煌姫に安堵し、朱夏は寝台の横に運ばせた長椅子に寝そべった。行儀の悪い態度だが、ここには咎める者はいない。

烏が静かに茶を淹れる音が響く。しばらくは、こうして緩やかな時が流れるといい。

考えなければならないことは多くあるが、すべては明日になってからだ。

差し出された茶器に、身を起こして手を伸ばす。一口含むと、思いの外疲れていたことを朱夏は自覚した。一息に飲み干す。

「これは、薬草茶か?」

「はい。櫻花楼から帝に献上された茶葉を、こちらにも分けていただきました」

「櫻花楼、か」

夏の暑さに疲労した肉体に、染み込んでいくような爽やかな香りだった。

「明日は、父上の元へ行く」

「呼ばれておいでですか?」

烏は、葬儀自体には参列していなかった。霊廟に入れるのも、帝一族だけであったから常に外で控えていたはずだ。父帝との会話も、聞いていなかっただろう。

「母上が、叔父上の葬儀に参列されなかったことについて、話されるそうだ」

「左様でございますか」

幼い頃から、ずっと朱夏の側に仕えるこの男は、迦陵についてどう思っているのだろうか。そんな疑問が、朱夏の内に湧いた。

見上げた漆黒の瞳は、常と変わらず冷静に見える。

「親王さま?」

「其方は、父上の新たな室について、どう思っている?」

そんな言葉が口をついて出た。はっとして口を噤む。だが、烏の耳にはしっかり届いてしまったようだ。

一瞬目を丸くして、烏は視線を逸らした。

「それは……」

「ああ、いや。愚かなことを聞いた。忘れてよい」

「親王さまは……まだ、あの方を想っておいでですか」

尋ねられた朱夏の方が驚きに目を見開いた。あまり、朱夏の私的な部分には立ち入らない烏が、そんなことを聞くのが意外でもあった。

「どうだろうな」

「もし、まだ想っておいでなら。酷なようですが、お忘れになるべきかと」

「随分はっきりと物申すではないか」

煌姫が起きてしまわないように、自然声を潜めてのやり取りとなる。

「吾は、親王さまには煌姫さまだけを、見つめていただきたいと思っております」

「……」

「無論、欲を発散なさるのも結構です。必要なことですから」

「春香のことを言っているのか」

湯殿を出てからのやり取りを聞いていたのだろう。これまで、春香との関係について言及してきたことはなかったが。

「侍女どのは、帝の命で親王さまに侍っておいでなのでしょう。ですから、あまりお心を寄せられすぎるのは、よろしくないと思います」

「体だけを、貪れと言うのか?」

「お気持ちを寄せれば、いずれ親王さまが傷つかれます」

烏は心底から、主君を案じているのだろう。朱夏にもそれはわかっている。だが、閨事について、この側仕えにあれこれ言われるのは面白くなかった。

「私が誰を抱こうが、其方には関係あるまい?」

「……」

「煌を傷つけるつもりはない。春香との関係は、そうだな……煌が成人を迎え、私と褥をともにできるまでの間のことだ」

市井に忍んで行くわけにはいかないのだから。

胸の内に浮かんだそんな思いは口には出さなかった。今年成人を迎えた朱夏は、これから父帝の執務の補佐を始めることになっている。忍び遊びなどしている余裕も、そんな気持ちさえ湧かなかった。

「今は目を瞑ってくれないか」

まだ何か言いたげな烏との会話は、そこで打ち切られた。

寝返りを打った煌姫の瞳が、うっすらと開かれたから。

「……あに、さま?」

「目が覚めたか、従妹どの。気分は悪くないか?」

優しく頭を撫でてやり、額に貼りついた前髪を整えてやる。

「わたくし……ねむってしまったの?」

「疲れていたのだろう。今宵は、私もこの長椅子で休むから。もう少し寝るといい」

「あにさま……」

まだ寝ぼけているような表情で、小さな手が朱夏に伸ばされる。その手をそっと取ってやり、両手で包み込んだ。

「私はここにいる。其方は何も心配することなく、健やかに過ごしてほしい」

「……おやすみ、なさい」

「お休み、従妹どの」

朱夏の体温に安堵したように、煌姫の呼吸が深くなっていく。

そうだ。この小さな従妹を、愛していかなければ。国に認められた、大切な伴侶なのだ。

笑顔を曇らせたくはなかった。己しか頼る者のいなくなった従妹を、守り愛すると朱夏は深く誓った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ