参拾伍
厳かに神官が祝詞を唱える声が響く。
祭壇の左右に、帝一族が身分の順に並んだ。棺に近い位置から、夏勢帝、第六室迦陵、朱夏、煌姫と続いて立っている。その後は、帝の血に近い者から席次が決められていた。
煌姫は直系の娘であるため参列しているが、彼女と同じ年である朱夏の弟はこの場に来てはいなかった。葬儀の穢れをその身に受けないためと、まだ幼いという理由のためだ。
棺の蓋が閉じられる。父の顔が見えなくなり、煌姫の瞳に涙が溜まり始めた。懸命に、泣かないように堪えているようだった。頭を撫でてやりたくなった朱夏だが、このような場で無作法を晒すわけにもいかず耐える。
「これより、霊廟へとお移し致します。皆々さま、我らの後へお続きください」
祭祀を取りしきる神官長が静かに告げ、棺の運び手に選ばれた神官たちが祭壇に集まってきた。神官の中でも大柄な男たちの姿に、煌姫の小さな体が揺れる。
黒檀の棺を四人の神官がゆっくりと持ち上げた。縋るように煌姫がその動きを目で追う。
「それでは、出立致します」
歩き始めた神官長に続いて、棺が広間から運び出された。夏勢帝がすぐさま後に続き、さらに迦陵がしずしずと追いかける。
続こうと足を踏み出しかけた朱夏は、煌姫が動かないことに気づいて振り返った。
「従妹どの?」
「……」
震える唇を噛み、裳の端を握りしめている従妹の足元に膝をつく。
「どうされた?」
「っ、ち、父上さま、と、もうすぐおわかれと思っ……思って、わたくし……っ」
眉を下げて朱夏は従妹の頭をそっと撫でた。無作法だとわかってはいるが、構わずに朱夏は小さな体を抱き上げた。朱夏たちが出るのを待っていた参列者たちがざわめいたが、無視して朱夏は歩きだした。
「あ、従兄さま……ごめんなさい」
「謝ることはない。葬儀の間、泣かぬ其方は立派であった」
背を撫でながら、棺の一行に遅れないように朱夏は足を早めた。
ちらり、と夏勢帝が視線を寄越したが、何も言われなかった。
首にきゅっと抱きついてきた従妹に、優しく声を掛ける。
「立派に葬儀に参列した其方の姿に、叔父上も安心なさったことだろう」
「わ、わたくし、わるい子ではなかった?」
「そんなはずなかろう?其方を悪い子などと言う者がいたなら、私が許さない」
帝一族が眠る霊廟は、本宮の裏手の山に建てられている。春日の棺は正門から本宮を出て、大通りを回り霊廟へと向かう。
「……わたくし、きちんとさいごまで、父上さまのお見おくりを、するの」
「そうだな。私とともに見送ろう」
「従兄さまと?」
山道に差し掛かる頃、一行の歩みが一度止まった。神官長が振り返る。
「これより先は、お血筋の近い方々のみに許された場となります。今上帝さま、第六室さま、朱夏親王さま、煌姫さま」
名を呼ばれ、夏勢を始めとした親族が進み出る。迦陵の名がそこにあったことに、参列者たちが不審そうな表情を浮かべた。だが、側室の腰を抱き寄せた夏勢から視線を送られると、皆目を逸らした。
細い腰に逞しい腕が回る様子から、朱夏も視線を外した。当然のように受け入れている迦陵の姿を、平静に見ていられない己が酷く無様に感じた。
腕の中の煌姫をきゅっと抱きしめる。
「従兄さま?」
「済まない。叔父上とお別れだと思うと、私も心細くてな。こうしていてくれるか?」
咄嗟に誤魔化してしまった朱夏に、煌姫は小さく頷いた。
「しかたのない従兄さまね。わたくしが、ついていますよ」
「……ありがとう」
どれだけこの従妹に救われていることだろう。もっと強くならなければと、朱夏は己に誓った。
棺が霊廟へ向けて出発する。広大な敷地を有する霊廟は建物の裏手に埋葬場が設けてあった。一行は静かにその埋葬場へ向かう。
それほど険しくはない山道であるが、煌姫の足で進むのは難しいため、朱夏が抱き上げたままで歩いた。
一刻ほど登ったところで、朱夏の視界がひらけた。白亜の建物が正面に見える。一行は建物の横を通り抜け、埋葬場へと到着した。
歴代の帝や正室、その兄弟たちが眠る神聖な場の空気に朱夏の気が引き締まる。墓石がきちんと等間隔に並ぶ中、今代の帝一族のために空けられた場所で神官たちの足が止まった。
神官長が一歩進み出る。
「これより、ご尊骸を土に還します。その後、皆さまには霊廟にお移りいただき、最後の祝詞を唱えます」
朱夏は煌姫を下ろしてやり、儀式がよく見えるように背を支えてやった。
掘り返された土の中へ、黒檀の棺が慎重に収められた。上から、棺を下ろした神官たちが土をかけていく。
じっと、食い入るように見つめている煌姫の体からは、先ほどまでの震えは治まったようだった。胸の前で固く手を組み、父への安らかな眠りを祈っているように見える。
棺がすべて埋められると、神官たちが一礼して立ち去った。
この後は、霊廟で神官長の祝詞を聞き、春日の身分を示す宝玉を収めれば葬儀は完了する。
深く息を吐き出して、朱夏は煌姫を促して霊廟へと足を向けた。




