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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
二の章 夏の宮の日々と、父の側室

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参拾参


弔いの鐘が鳴り響く――。

四季の国を治める夏勢帝の弟君、春日親王が逝去した。先年最愛の妻であった柊を亡くし、心身ともに弱っていたところへ、夏の暑さに倒れた。高熱を出し、意識が戻る時間が徐々に短くなっていった。

日参する煌姫につき添い、朱夏も幾度となく桜の離宮へと足を運んだ。夏勢帝は忙しい執務の合間を縫って訪っていたようだが、朱夏が顔を合わせることはなかった。

避けられている。そう感じはしたが、朱夏は何も言わなかった。煌姫との婚儀の支度も進めなければならなかったし、叔父に煌姫の顔を見せて少しでも心安く過ごしてもらうように努める方が優先されたからだ。


黒い喪の装束を身に着けた煌姫が、父春日が愛したという柊の葉を手巾に刺繍した。侍女の手を借りながらではあったが、満足いく出来栄えとなったようだ。

「これをね、父上さまのおひつぎに、入れてもらうの」

泣き腫らした瞳で、朱夏を見上げて訴える煌姫の小さな体を抱き上げた。

「親王さま、お衣装に皺が寄ります」

秋穂の小言を無視して、従妹の瞳を覗き込む。

「従妹どの。目が赤い。昨夜はあまり眠れなかったかな?」

「わたくし、父上さまや従兄さまがはずかしくないように、がまんできるわ」

震える唇をそっと親指でなぞり、朱夏は頬を従妹の小さな頭に乗せた。

「無理することはない。父上が亡くなれば、私だって悲しくて泣くだろう」

「……従兄さまが、なくの?」

目を丸くした従妹の頭から顔を離し、そっと撫でてやる。

「従兄さまがないたら、わたくしが頭をなでてさしあげる」

「従妹どのは優しいな」

微笑んで見つめると、ようやく少し笑った煌姫がきゅっと朱夏の首に抱きついてきた。

「さびしいけれど、わたくしには従兄さまがいるもの。父上さまは、母上さまにおあいできるのよ」

「……そうだな」

五つの煌姫がどれほど理解できているかはわからない。だが、敏い従妹が父を失った悲しみに、朱夏は寄り添うつもりだった。

夏の宮を彩っていた青の装飾はすべて取り払われ、黒い紗の布が垂らされている。

帝一族の葬儀は本宮で執り行われるため、そろそろ宮を出なくてはならない刻限だった。

煌姫を抱えたまま、朱夏は歩きだす。後ろから控えめな声が掛けられた。

「親王さま、姫さまを下ろしてくださいませ」

「このまま行く。本宮までは、煌の足では距離が遠いだろう」

「ですが……」

なおも言い募ろうとする秋穂の後ろから、春香がそっと声を掛けた。

「侍女長さま。姫さまが甘えられるのは親王さまにだけですもの。お式の間は、きっとご自分でお立ちになりますわ」

春香の言葉に考えるように頬に手を当て、秋穂は頷いた。視線の先では、煌姫が朱夏の首に抱きついたまま小さな顔を埋めていた。

「そう……そうですわね。それでは、親王さま。姫さまをよろしくお願い致します」

「ああ。行って参る」

ちらり、と春香と視線を交わし、朱夏は夏の宮の入口へと足を向けた。後ろから、音もなく烏が従う。


宮中は、喪に服すための黒布が至るところに張られていた。葬儀の支度に、文官たちが立ち回っている。

常と違う宮の様子に、煌姫が不安そうに瞳を揺らした。

「従兄さま……」

「どうした?」

足を進めながら、腕の中の従妹を覗き込む。母である柊が亡くなった時には幼すぎた煌姫にとって、身近な者の死は初めて経験することだ。

己の首に回された腕が震えていることに気づき、朱夏は宥めるように背を叩いてやった。

「私がついている。恐れることはない」

「……」

「悲しいのならば、泣いても構わない。私がいる」

繰り返し告げていると、ようやく少し煌姫の腕から力が抜けてきた。

本宮の入口で、父帝の側近である秋務が朱夏たちを待っていた。

「朱夏親王さま、煌姫さま。ご案内つかまつります」

「ご苦労」

言葉少なに、歩きだした秋務の後をゆっくりとついて行く。

本宮の最奥に、帝一族の冠婚葬祭を執り行う大広間がある。式典の時以外は固く閉じられた扉が、今日は開かれていた。

中に入ると、祭壇に黒檀の棺が置かれていた。その側に立つ、大柄な夏勢帝の姿。だが、その背は萎れて小さくなっているように朱夏の目には映った。

「今上さま。朱夏親王さま、煌姫さまのお越しにございます」

秋務の告げる言葉に、のろのろと夏勢が振り返った。目の下には隈ができ、頬もこけたように見える。

「……ああ、来たか」

ゆっくりと祭壇へ近づき、朱夏は煌姫の体を床へ下ろした。

「此度は、残念なことでした」

「ああ」

掠れた声で答える父から、朱夏は従妹へ視線を移す。

「さあ、従妹どの。父上に、お別れを言おう」

胸に刺繍した手巾を握りしめたまま、煌姫は動かない。自分の頭の遥か上方にある棺を、食い入るように見つめている。

「ほら、手巾をお棺に入れるのだろう?私が側にいるから、ともにお顔を見に行こう」

「……」

ぐっ、と唇を噛んで、煌姫がゆっくりと足を踏み出した。

従妹を支えるように祭壇へと足を向けた朱夏の背後で、扉の閉じられる音がした。

葬儀の前に、親族だけの時間を過ごさせてもらうようだ。

ちらりと振り返った朱夏の瞳に、喪の装束を身に着けた年若い女性が、濃紺の扇で顔を隠して入ってきたのが映った。



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