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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
二の章 夏の宮の日々と、父の側室

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参拾

 

 本宮までの回廊が、煌びやかな燭台に照らされて光り輝いている。

 常よりも多く焚かれた火で夜でも明るいが、その分壁際には影も多くできていた。その影を縫うように、朱夏は烏の先導で進む。

 顔の下半分を黒い薄布で隠した朱夏と烏は、忙しなく動き回る文官たちの目をすり抜け本宮の最奥を目指した。

 生まれてこの方、朱夏は奥宮に足を踏み入れたことはなかった。父帝の妻たちが暮らす、歴代の帝のための後宮だ。男は、時の帝しか立ち入ることはできない。

 奥宮に近づくにつれて、行き交う人の数が増えてきた。見咎められないように、慎重な足取りへと変わる。

 本宮を抜けた先に、黒門に遮られた奥宮の建物が見えてきた。胸の鼓動が聞こえてきそうで、朱夏は深く呼吸を繰り返す。

 ふと、烏が足を止めた。

「……輿が参ります」

 囁くような声に、朱夏も歩みを止めて示された方向に目をやった。

 花嫁が乗るような豪奢な輿が、朱夏たちが立つのとは反対側の門からしずしずと進んでくる。先導しているのは、昼間に出会った凛慈である。

「あれに、父上の側室どのが……」

「もう少し近づきますか」

 烏に答えようとしたところで、すぐ側で密やかな声が聞こえてきた。

「今上さまも、まだまだお若いことですなぁ」

「左様。まさか、ご嫡子と同じ年の頃の室をお迎えになるとは」

「此度お迎えの方は、第六室さまということになりますかな」

 朱夏も見知った、宮廷に仕える廷臣たちの声だった。知らず、壁にぴたりと身を寄せて朱夏は聞き耳を立てる。

「しかし、遊郭の女を側室に召し上げるなど。前例がないことではありますな」

「櫻花楼の店主が、上手いことやったのでしょう。やり手と聞きますからな」

「まあ、下賤な者を侍らせていただいた方が、我らとしても今上さまを御しやすくなるというものです」

 忍び笑いを漏らす廷臣たちに、思わず怒声を上げそうになった朱夏は、慌てて口を押さえる。

「さてさて。第六室さまのご尊顔を拝すことができますかな」

「どうでしょうなあ。こうして控えておりますが、ご執心の娘の姿を我らにお見せくださるとは思えませぬが」

「これも務めです。参りましょうか」

 そう言いながら、廷臣たちの気配が遠のいていった。


 深く息を吐き出し、朱夏は傍らに控える烏に目を向けた。

「父上は、あ奴らの傀儡なのか?」

 朱夏の問いに目を剥き、烏は大きく首を振った。

「いいえ。あれは、あの者たちの願望ですよ」

「願望?」

「今上帝さまは何事もご自分で推し進める御方です。それが、古くから権勢を誇る方々には苦々しいのでしょう」

 そんなことよりも、と烏が奥宮の門を指す。

 側室を乗せたと思われる輿が、門の前で止まったところだった。

「降りてこられますよ。門から先は、輿を降りて歩かれるはずですから」

 烏の言う通り、止まった輿の扉に凛慈が近づき手を掛けた。ゆっくりと、輿が開かれる。

 すっ、と細い手が輿の中から差し出された。ここからでも見て取れるほど、白い手首だった。

 凛慈に手を取られ、ゆっくりと華奢な肢体が降りてきた。

 極彩色の花嫁衣装に身を包み、顔を絹の薄衣で隠している。結い上げられた髪に、玉《ぎょく》や宝石《いし》を使った飾りがふんだんに着けられていた。動く度にしゃらしゃらと音を立てる髪飾りが、慶事であることを示している。

 だが、その出で立ちではなく彼女の髪の色に、朱夏の目は釘づけになった。

 明かりを受けて輝くその髪は、薄茶色をしていた。煌姫と同じ、艷やかな薄茶の髪。

 いや、薄茶色の髪など、ありふれている。何がこれほど、胸を騒がせるのか。

 一歩、足を踏み出しかけたところで、強い力で烏に腕を引かれた。

「親王さま。近寄ってはなりません」

「だが……確かめねば……」

 うわ言のように呟く朱夏に、烏が痛ましげな視線を向けたことにも気づかなかった。

 彼女の瞳を見たい。顔が見たかった。

 酷く喉の渇きを感じて、朱夏の肩が震える。

「あれは……彼女は……」

「世を遍く照らす夏勢帝さまに、櫻花楼の主より花の献上に参りました。ご開門願います」

 震える朱夏の呟きを掻き消すように、凛慈の声が響き渡った。

 応えるように、黒門が内から開かれていく。このまま行かせたくない。朱夏の胸の内を、焦がすような熱が襲う。

 凛慈に手を取られたままの女性が、ふわりとこちらを向いた。

「っ!」

 すぐに顔を戻した彼女は、迎えに出てきた奥宮の侍女に手を差し出し、凛慈に頭を下げて歩き始めた。

 黒門が閉じられる。並んでいた廷臣たちが場を離れ始める。だが、朱夏は動けなかった。

 風で揺れたように一瞬、彼女の顔を隠す薄布がめくれたような気がした。垣間見えた、薄桃色の瞳。

 そんなはずは――。

 物も言えずに立ち尽くす朱夏に、凛慈がのんびりと歩み寄ってきた。横で、烏が身構える。

「これはこれは、朱夏親王さま。またお会いできましたね」

 朗らかに笑う凛慈に、朱夏は呆然と視線を向けた。



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