弐佰玖拾
煌姫が春香への文をようやく書き終え、手渡された朱夏は大切に木箱にしまった。上から、薄桃色の飾り紐で封をする。
「シャファング三世どのは、来月の夏煌丸の出航で帰国なさる」
「はい。船に傷みも少なく、予定通りに出航できるとお聞きしましたわ」
奥宮の煌姫の私室である。
本来ならば、今回帰還した夏煌丸に乗って戻ってくる予定であった親雪は、シャファング三世とともに櫻花楼の船に乗ってきたため、夏煌丸が持ち帰ったのは外国からの交易品だけであった。
「次の出航には、築岳が同乗していく」
「商家の出と仰せだった、外交官の方ですわね?」
「うむ。この二月、常にシャファング三世どのの側には親雪がついていたからな。航海の間、上手くつき合ってくれるとよいのだが」
宮中に滞在している間、シャファング三世は片時も親雪を側から離さなかった。通訳が必要なのは当然ではあるが、以前に聞いた話が朱夏に僅かな不安を抱かせる。
確か、男でもよいから後宮に入らないかと、親雪に迫ったことがあるはずだった。シャファング三世の様子を見ていると、まったくそんな気はないようにも見える。親雪も、きちんと節度を保って通訳に徹している。朱夏が気にしすぎであろうか。
思い悩む朱夏の手に、煌姫の手がそっと重ねられた。
「煌?」
「大丈夫ですわ、朱夏さま」
「えっ?」
微笑む煌姫に朱夏は首を傾げる。
「王陛下は春香を愛しておいでなのでしょう?それに、亜伊夜の国の奥宮には、たくさんの女人がおりますし。殿方に目を向けている暇は、王陛下にはないと思いますわ」
「……」
「わたくしは親雪どのにお会いしたことはないけれど。朱夏さまのお話を聞いていれば、職務に忠実に励まれる誠実な方という印象を受けますわ」
「そう、だな」
小柄でひ弱に見られやすいが、芯の通った強かな外交官である。近頃は築岳から護身術なども教わっているらしい。男に組み敷かれるような心配はないが、身分の高い相手から迫られれば、親雪の身分で躱しきれるか朱夏は心配になる。
「朱夏さまが、その目でお確かめになった外交官ですもの。お信じあそばしませ」
「……うん」
「それに、亜伊夜の国の王陛下は、早く春香に会いたくて堪らないと思いますわ」
ふふっと笑い、両手を胸の前で合わせた煌姫が、頬を染めて囁く。
「きっと、あちらの奥宮に戻られたなら、春香を片時もお離しにならないわ。そういう、愛の深い御方で……」
煌姫の言葉の途中で、朱夏はぐいっとその体を抱き寄せた。腕の中に閉じ込める。
「しゅ、朱夏さま?」
「……妬けるな」
「えっ?」
身動いだ煌姫の耳元に、朱夏は唇を寄せた。
「其方は、それほどシャファング三世どのに会ったわけではないのだろう?愛が深いなどと、彼のことをよく見知っているように語ってくれるな」
「しゅ、朱夏さま……」
真っ赤に染まった煌姫の顔を覗き込み、朱夏はその柔らかい唇に口づけた。
「まだ休むには早いが……」
煌姫の体を横抱きにして朱夏は立ち上がった。驚いた煌姫が、朱夏の首に腕を回す。
「朱夏さまっ?」
「私に嫉妬など抱かせた其方が悪い。今宵は離さぬ」
大股に私室を歩き、朱夏は寝所の扉を開いた。二人の空気を察してか、控えていたはずの侍女たちは、すでに華永が部屋から下がらせていた。
寝所の扉を足で閉め、朱夏は寝台にそっと煌姫の体を横たえた。潤んだ薄桃色が見上げてくる。
頬を指で撫で、たどり着いた唇を親指でなぞる朱夏に、煌姫が戸惑ったように声を震わせた。
「朱夏、さま……何だか……」
「どうした?」
「いつもと、違う、から……」
煌姫の言葉に苦く笑い、朱夏は額に口づけた。
「そうだな。其方の体に障らぬように、普段は自制していたからな」
「我慢?何を……」
「私が其方をどれだけ愛しているか、今宵はわからせてやろう」
「しゅ……んっ」
少し乱暴に唇を奪い、朱夏は煌姫の夜着の腰紐を性急に解いた。
明日の朝、煌姫は起き上がれないかもしれないと思いながらも、白い肌に赤く証を刻んでいく。
誰に憚ることない、世にも天にも認められた帝と正室である。嵐のような夜を過ごしても、咎められる者などこの世にはいないのだ。
熱に浮かされたように全身を熱くしながら、朱夏は煌姫との夜を過ごした――。




