弐佰捌拾陸
表宮の奥の大広間にて、春明親王三歳の祝いと、春藍親王、春蒼親王の生誕一月の披露目が行われた。
亜伊夜の国の王シャファング三世が列席しての、盛大な祝いの場である。四季の国へとやって来て、そろそろ十日が経とうとしていた。
紫紺の衣と濃紺の袴を纏った朱夏が壇上に立ち、その隣に濃紺の衣と群青の袴を身に着けた春明が並んだ。肩まで伸びた髪は丁寧に編まれ、薄桃色の飾り紐で留められている。煌姫からの贈り物であった。
さらに壇上には赤子用の寝台車が運ばれ、春藍、春蒼が春明と揃いで誂えた衣を纏った姿で眠っていた。
「世を遍く照らす今上帝さまに、一の親王春明さまの三歳の祝いを、お慶び申し上げます。さらには二の親王春藍さま、三の親王春蒼さまのご生誕一月を寿ぎ、ここに祝詞を捧げます」
神官長の厳かな声で、親王たちの健やかな成長が祈られる。
朱夏の隣でじっと立ったまま、春明が不思議そうな表情で神官長を見つめていた。歌のような節で紡がれる祝詞に、群青色の瞳をくりくりと動かしている。
祈りの言葉が終わり、神官長が御前を下がると、朱夏は春明の背に手を添えて口を開いた。
「皆、親王たちの祝いへの参列、まことに喜ばしい。まずは一の親王より、皆に挨拶がある」
朱夏に促され、春明がきゅっと唇を引き結んで一歩前に出た。正室の席で煌姫が、一段下がった側室の席では舎利が、胸の前で手を組んで几帳の陰からはらはらと見守っている。
「わたち、いちのしんのぉ、しゅんめぇ!みっちゅになった、おいわい、ありがちょ!」
大広間に響き渡った春明の声に、重臣たちが成長を認めて頷き合った。正室である煌姫から贈られた飾り紐を髪につけていることも、奥宮での友好的な関係性を裏づけている。先帝時代のような派閥争いは、今のところ起こらなさそうで安堵したのであった。
「こちらは、二の親王春藍と、三の親王春蒼だ」
寝台車から春藍の体を抱き上げ、朱夏は重臣たちにその姿が見えるように前を向いた。舎利譲りの群青色の髪に、朱夏と同じ青灰色の瞳をしている。春蒼も同じ色彩であった。
朱夏の腕の中でうっすらと目を開けた春藍が、むにゃむにゃと親指を口に含む。苦笑した朱夏はすぐに寝台車に戻してやり、春蒼を抱き上げた。
「二人とも、こうして健やかに育っている。輝山の大臣の引退に合わせて、親王たちは春の宮へ移る」
「ぅ……あー」
春藍と同じように薄目を開けた春蒼が、朱夏に向かって手を伸ばした。その指先に触れてやると、ぎゅっと力強く握り返されて朱夏は微笑んだ。
元通りに寝かされた二人の赤子は、このまま乳母と侍女が寝台車を押して奥宮へと戻る予定であった。春明は、大内殿での祝宴に僅かな時間参加する。
「せっかく亜伊夜の国からシャファング三世どのがお越しだからな。朕の親王たちに、祝いの言葉をいただこう」
そう告げられて、重臣たちが戸惑ったように顔を見合わせた。シャファング三世と関わりのない者たちである。ただ賓客としてこの場にいるのだと思われていた。
『アイーヤ国第二百代国王、シャファング三世である。新たに友人となったシュカどののご子息が、無事に成長していることを喜び、俺からも祝おう』
シャファング三世の従者が、恭しく木箱を掲げて壇上へと上がってきた。
『これは、先日シュカどのに案内してもらったこの国の店で、シュンメーどのの祝いに買ってきたものだ。この場で贈ることを、シュカどのが許してくれたのでな』
ざわり、とその場の空気が揺れた。外国の王が自ら贈り物を購入するほど、春明親王と密なつき合いがあるのかと、どの顔にも驚愕が浮かんでいる。
『シュンメーどの。これは、シーキ国の木で作られた木刀だ。ヒノキという木だそうだぞ。よい香りがする』
「ひにょ……ひのち?」
『精巧に作られていて、貴殿がこれから鍛錬を覚えるのに、きっと役立つだろう。それに、この木刀には仕掛けがあってな』
壇上で立ったまま説明するシャファング三世の大きな体を、春明が必死に見上げている。
『この柄の部分にな、重しをつけられるようになっている。シュンメーどのが成長して力が強くなったなら、木刀の重さを変えられるのだ。腕の鍛錬によいぞ』
木刀とはいえ、高貴な子どもに贈る最高品質のものである。装飾を施された鞘にきちんと収められていた。
『それにな、刀鍛冶のところへ行けば、体の成長に合わせて長さを変えてくれるそうだぞ。今はまだ小さな木刀だが、シュンメーどのがずっと使えるように、店主に教えてもらったからな』
「わたち、ぽ……ぼくちょ?」
「春明。木刀だ」
「ぼくとぉ」
しゃがみ込んだシャファング三世が、両手で鞘に入った木刀を掲げ春明に差し出した。
うろうろと視線を彷徨わせ、朱夏を見上げた春明に頷いてやる。
「ありがたく、いただくとよい」
『貴殿への贈り物だ。受け取ってくれるか』
「ありがちょ」
おずおずと差し出された両手に、シャファング三世がしっかりと木刀を乗せてやった。
「この後は、大内殿での祝宴だ。シャファング三世どのにもご参加いただく。朕の親王の成長を祝って、皆美酒を味わうがよい」
歓声を上げながら、重臣たちが朱夏に深く頭を下げた。




