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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
八の章 嵐のような客人

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弐佰捌拾

 

 ほんのりと甘く香る香の中、朱夏は櫻花楼の店内をじっくりと眺めた。

 外国風の曲線的な調度品が並び、店の中央に品物を見るための大きな台が置かれている。壁際に造りつけられた棚には様々な商品が飾られていた。

 凛慈が説明したように、食料品や日用品、化粧品に至るまで、品物の種類ごとに丁寧に並べられている。

「本来であれば、高貴な御方には店先でなく、奥の間にてお品をお見せするのですが」

「シャファング三世どのの様子では、こうして店内を己が目で確かめたいのであろうな」

 親雪を隣に立たせたシャファング三世が、端から順に商品を眺めていく。

『お、リンジ。これは何だ?』

 瞳を輝かせた王に呼ばれ、凛慈が朱夏の側を離れた。シャファング三世が指している品を手に取る。

『こちらに並んでいるのは、先年アイーヤ国で買いつけてきた化粧品でございます。シーキ国では使われない香料を使用しており、女人の目元や唇を艶やかに彩ります』

『アイーヤ国に来たのか?』

 首を傾げたシャファング三世に、凛慈はいいえ、と首を横に振った。

『私は直接訪れてはおりません。我が楼は、先年大きな船を建造しましたので、信頼できる者をショコー国やアイーヤ国に買いつけに行かせたのですよ』

『ふむ。だが、これならばアイーヤ国で買えるな。まずは、幼子向けのものを見たい』

『それでは、こちらへ』

 凛慈の案内に続いて歩きだしたシャファング三世の姿を、朱夏は少し離れたまま見守った。息子への贈り物を買ってくれようというのだ。親である朱夏があまり側にいては、選びにくいかもしれない。

 側に控える烏が躊躇いがちに声を掛けた。

「今上さま。ご正室さまや第二室さまに、何か土産をご覧になってはいかがですか」

「奥宮にか?だが、何を買うか」

「常ならば、お方さまへの土産は吾がこうして町に下りてきて買っております。たまには、今上さまがご自身でお求めになられたお品を、お持ちになられては?きっと喜ばれますよ」

 烏の提案に成る程と頷き、朱夏もゆっくりと店の中を見て回ることにした。


 帝の行幸のために、本日の櫻花楼は貸し切りであった。つまりは、端から朱夏たちをここへ連れてくるつもりが凛慈にはあったということだ。朱夏としても、他の店に行くよりは凛慈の助けになりたい気持ちがあるので、特に不都合はない。

「これは、紅か?」

 化粧品が並べられた一角である。色とりどりの小瓶が飾られ、商品の前には色見本のような紙が置かれている。

「これは、この通りの色なのか?」

 凛慈がシャファング三世にかかりきりのため、朱夏の案内には櫻花楼で長年勤めているという老婆がついていた。

「左様でございます。勿論、お一人お一人、お色の出方に違いがございますので、まったくこの通りというわけにはいかない方もおられます」

「そういうものか。だが、淡い濃いの判断はしやすいな」

 じっくりと色見本を眺め、朱夏は脳裏に煌姫と舎利の姿を思い浮かべた。柔和な顔立ちの煌姫には淡い色が、はっきりとした顔立ちの舎利には濃い色が合うような気がする。

 いや、それでは月並みの選択であろうか。せっかく購入するからには、意表をついたものを贈りたいような気もしてくる。

 思い悩む朱夏に、老婆が手で口元を隠して品よく笑った。

「お悩みでございましたなら、こう、手の甲でお色を確かめてご覧になっては?」

「手の甲?」

 きょとんと首を傾げた朱夏の前で、老婆が一つの小瓶を手にして蓋を開けた。小瓶の中には、真っ赤な紅がきっちりと詰められている。

 小指の先で掬いとり、老婆が己の手の甲に紅をほんの少しつけてみせた。

「このように、実際のお肌の色との相性を、お確かめになるのですよ」

「成る程。だが、これは売り物であろう?蓋を開けてしまってよいのか?」

「こちらの、蓋に赤く目印がついているものは、見本のお品でございます。こうしてお色味を確かめるためのものですから、どうぞお気になさいませんよう」

 店での買い物という体験自体、生まれて初めての朱夏である。老婆の言葉の一つ一つが、新鮮で楽しかった。

 勧められた通りに手の甲で紅の色を確かめ、悩み抜いた末に、朱夏は二つの紅の小瓶を購入することとした。煌姫には瞳の色に合わせた春らしい桃色の紅を、舎利には群青色を引き立てる深い薔薇色の紅を。

 金子を持ち歩くという習慣のない朱夏に代わって、烏が懐から巾着を取り出して代金を支払った。その間に、老婆が紅の小瓶を淡い色の色紙で包む。

「こちらの、赤い飾り紐のものが桃色。青い飾り紐のものが薔薇色の紅でございます」

「ああ、ありがとう」

 持ち運びやすいようにと手提げ袋に入れてもらった商品を、朱夏は大切に受け取った。


 シャファング三世が満足げな顔で歩いてきた。

『おぉ。シュカどのも何か買ったのか』

「うむ。奥宮の妻たちに、な」

『そうか。俺も後宮の妃に土産を買いたいが、何にするか決めかねていてな。シュンメーどのの祝いは選べたぞ。リンジが宮廷に届けてくれるそうだ』

 シャファング三世の隣に視線を向けると、凛慈がしっかりと頷きを返してきた。

「それで、細君への土産だったか。亜伊夜の国まで持ち帰ることを考えると、菓子などはやめておいた方がいいだろうな」

『そうなのだ。せっかくならば、シーキ国でしか手に入らないような、珍しいものがよいな』

「その、シャファング三世どのの細君は、どのようなものが好みだ?」

 朱夏の問いに、シャファング三世が腕を組んで眉間に皺を寄せた。

「シャファング三世どの?」

『それがなぁ……わからんのだ』

「えっ?」

 首を傾げた朱夏に、シャファング三世が困りきったように眉を下げた。

『そもそも、言葉がまだよくわからなくてな。リリーナが好きそうなものが、わからなくて困っている』

 悔しそうなシャファング三世の様子に、朱夏の脳裏に懐かしい姿が浮かんできた。



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