弐佰漆拾玖
朱夏とシャファング三世を乗せた、特別誂えの輿が都の大通りを進む。
輿の窓には紫紺の薄絹が掛けられ、町を行く民から内が見えないようになっていた。輿に気づいた民はその場で膝をついて目を伏せるため、覗き込まれることもない。内からは外の様子が見えるように、窓枠と薄絹の間に僅かに隙間が空けられていた。
ゆったりと座ったまま、シャファング三世が興味深そうに外の景色を眺めている。
輿の内には朱夏とシャファング三世が向かい合って座り、それぞれの隣に築岳と親雪という、ここ数日で定まってきた顔ぶれであった。
『あれは何だ?』
シャファング三世が指したのは、民が集まって山車を囲んでいるところであった。
「祭りに使う山車だな。祝い事があると、ああして山車を組んで選ばれた稚児が乗るのだ」
『祭りがあるのか?』
「春明の三歳の祝いと、春藍、春蒼の披露目の儀が近くてな。帝一族の慶事の際には、民にも酒が振る舞われる。あの山車は、その時に使うつもりであろうな」
朱夏の説明を頷きながら聞いていたシャファング三世であるが、春明の祝い事と聞いて瞳を輝かせた。
『シュンメーどのの祝いか。俺も何か贈りたいな』
「心遣いはありがたいが、あまり甘やかしてくれるな」
苦笑する朱夏に、シャファング三世は心外そうに指を振った。
『何を言うか。厳しく教え導くのは父である貴殿の役目だ。俺は、そうだな……新たな友人となった皇子に贈り物をするだけだ』
ふふんと胸を反らしたシャファング三世に、堪えきれずに朱夏は吹き出した。
『だが、そうか。シュンメーどのの弟たちもともに祝うのか。赤ん坊に何を贈ってよいのかわからんな』
「いや、弟親王たちにまで、そのような気遣いは無用だ。春明を気に掛けてくれるだけでも、ありがたい」
『うぅむ。高貴な男児に贈る、相応しいものを買いつけたいな』
腕を組んで考え込んだシャファング三世に、輿の外から控えめな声が掛けられた。行列の横にぴたりと張りつき、町の案内を担っている凛慈である。
『恐れながら、国王陛下。親王さまがたへの贈り物でしたなら、我が楼で買いつけるのをお勧め致します』
亜伊夜の国の周辺国の出自だという凛慈は、通訳を必要としていなかった。この案内の道中、直答を許されているためシャファング三世に直接話しかけたのである。
『そうか。お前の店は、シーキ国で一番の大きさだとシュカどのが言っていたな?どのような品がある?』
『何でもございますよ。食料品、日用品、それからお衣装などの絹地物。女人のための化粧品や、幼子のための玩具まで、何でも取り揃えてございます』
「商売上手だな、凛慈」
築岳に通訳してもらった凛慈の言葉に、朱夏は呆れたように苦笑を漏らした。普通ならば帝と他国の王の案内を仰せつかるだけでも、緊張して言葉など出てこないものである。王相手に直接店の売り込みをするとは、何とも商魂たくましいことであった。
『では、オーカローでシュンメーどののための買い物をするとしよう。シュカどの、よいか?』
「勿論だ。今日の予定は、すべて貴殿の望むままに」
行幸の先導についている文官に指示を出し、輿の担ぎ手たちが方向を変える。櫻花楼は、宮廷を出て大通りを真っ直ぐ進んだところに、大きな店を構えていた。
櫻花楼の入口に、帝の行幸の輿が停められた。ざわめく人々の視線が集まる中、紫紺の薄絹が上げられる。
通訳の二人が先に降り、担ぎ手が運んできた踏み台を戸の側に置いた。その周囲に几帳が立てられ、高貴な姿を民の目から隠すように護衛の武官たちが配置される。
朱夏が輿を降り、後ろを振り返った。頷きを返したシャファング三世も、金で縁取られた草履を履いた足を下ろす。さすがに人目があるということで、今日は四季の国の薄手の装束を身に着けていた。胸元は大きくはだけていたが。
『ここがオーカローか』
「朕も直接店に来るのは初めてだな」
櫻花楼からの商品の買いつけは、凛慈が宮中に荷車で品を運んでくるのが常であった。朱夏が店に赴いたことがあるのは、裏路地の遊郭の方だけである。そのことに思い至り、朱夏の口元に一瞬苦い笑みが浮かぶ。
「ようこそ、我が楼へお越しくださいました。陽射しが少し強くなってまいりましたので、どうぞ内へ」
「うむ」
『国王陛下も、どうぞ内で涼まれませ』
『よき品があることを期待しているぞ』
几帳で姿を隠されたまま、二人は櫻花楼の中へと足を踏み入れた。




