弐佰陸拾玖
奥宮での朝餉を済ませ、黒門で待機していた烏を連れて朱夏は表宮へと戻った。
朝議の場では昨夜の酒が抜けきっていない重臣たちが、二日酔いに白い顔をしつつも、亜伊夜の国の王をこれからどのように歓待していくかの話し合いがなされた。
シャファング三世が帰国するまでの間、ずっと表宮で過ごしてもらうのか。
籠宮の朱夏の私室に招き入れるのか。
都や国を見たがった場合の案内を、誰が担うのか。
通訳が必要なことを考えれば、やはり外交官の誰かがつき添うべきである。
「あまり政に熱心な王ではなさそうだからな。朕の執務室に招く必要はなさそうだが」
議論が途切れた合間に零された朱夏の呟きに、汐之が頷きながら口を開いた。
「そうですな。しかし、今上さまの執務の光景はご覧になりたがるやもしれません」
「見て楽しいものではないぞ?」
「それに、書面に書いてある我が国の言葉はお読みになれないでしょう」
輝山の大臣からも言われ、朱夏は首肯しながら今後の予定を考える。
「かと言って、しゃふぁんぐ三世どのを放って、執務室にばかり籠っているわけにもいかぬ」
「では、帝の行幸の支度を致しましょうか」
「行幸?」
汐之の提案に、重臣たちも顔を見合わせた。
「亜伊夜の国の王を歓待するために、今上帝さまの紫紺の薄絹を垂らした輿で、町中をご覧に入れてはいかがですかな」
「都を見たいとしゃふぁんぐ三世どのが言われたら、案内をするつもりではいたが。わざわざ輿に薄絹を垂らすのか?」
朱夏の疑問に汐之が苦笑して答えた。
「その、何と言いますか……。かの王のお姿は、我が国の民には刺激が強いと思われます」
その言葉に、朱夏は「ああ」と納得した。きちんと衣を着込む四季の国の民にとって、シャファング三世の肌を晒した姿は衝撃的であろう。
「輿の内からは、景色を見られるように工夫致します。それならば、民に王のお姿が見えることはなく、王からは町の暮らしようがご覧になれるでしょう」
「では、しゃふぁんぐ三世どのが行幸を望まれるか、後ほど尋ねておこう」
「どちらを望まれてもよいように、お支度は整えておきます」
文官への指示を書きつけながら答える汐之に、朱夏は支度を任せることにした。
輝山の大臣が口を開く。
「それでは次に、春藍親王さま、春蒼親王さまの披露目の儀についてですが。亜伊夜の国の王がおいでになられたことで、少しばかり延期を考えた方がよろしいようです」
突然のシャファング三世の来訪により、親王たちの披露目のために用意していた酒や食糧は昨夜使ってしまったのだ。一から集め直しというほどではないが、式典と祝宴のためにまた品を揃えなければならない。
「数日猶予をいただければ、立派な式典のためのお品は揃うでしょう」
「うむ。輝山の大臣に任せよう」
「春明親王さまの三歳の祝いも、その際に同時に行いますので、方々もそのおつもりでおられますよう」
様々なことを決定しながら、朝議の議論は進んでいく。
執務室に戻り、朱夏は築岳を呼び寄せた。親雪は、シャファング三世について客間に残したままである。
「しゃふぁんぐ三世どのが何を見たいか、何をしたいか。希望を聞いてその用意をせねばならぬ」
呼び出された築岳は、朱夏の執務机の前に立ったまま頷いた。
「恐らく、買い物はなさりたいでしょう」
「買い物?」
机の書類を睨んでいた朱夏は、築岳の言葉に顔を上げた。
「どのような?」
「あちらのお国で、後宮に住まう女人への土産物を」
ぽかん、と口を開いた朱夏は、築岳の視線を受けて慌てて表情を取り繕った。軽く咳払いする。
「王が自ら町で買うというのか?」
「亜伊夜の国でも、陛下は後宮から滅多にお出ましになりません。もの珍しい他国に来られたのですから、その目で品物を見定めたいと思われておいででしょう」
性格も考え方も、何もかもが己とは違うシャファング三世の胸の内を、朱夏は想像してみた。
もし、朱夏が船に乗り、海を渡って外国へと赴いたなら。見たことのない景色や人々の様子を、やはり己の目で確かめたいと思うだろう。
そして、煌姫や舎利に、珍しい土産を求めたくなるかもしれない。
口角を上げ、朱夏は築岳に頷いた。
「高貴な御方相手でも、物怖じせずに町を案内できる者が必要だな」
「それでしたなら、やはり私は櫻花楼の主どのを推します」
築岳の答えに、朱夏も満足して同意する。
「朕の考えと同じだな。湊刃の大臣、櫻花楼の楼主に招集をかけられるか」
問われた汐之は、すでに手元に書状を書くための紙を取り出していた。
「櫻花楼の楼主どののことです。四季の国の特産品とともに、櫻花楼で扱っている品々も、上手く亜伊夜の国の王に売り込むことでしょうな」
「我が国の不利益とならぬなら、構わぬ」
朱夏の答えに笑い、汐之は筆を手に取り凛慈への書状を書き始めた。




