春香からの文
親愛なる朱夏親王さま。
長のご無沙汰を、どうぞお許しくださいませ。
貴方さまがこの文をお読みになられる頃は、四季の国の麗しい季節はいつ頃を迎えておりますでしょうか。
わたくしは、遠く離れた亜伊夜の国におります。
こちらでは強い陽射しが国を照らし、人々が大層涼し気な装いで暮らしている光景が、あちらこちらで見られます。
四季の国とは違って、羽ぺんと呼ばれる筆と墨で綴っておりますので、見苦しい手跡となりまして申し訳ございません。
まずは、夫の重罪を心よりお詫び申し上げます。
朱夏さまと夏勢帝さまが、この者ならばとお選びくださった妙葵さまが、仙螺家に入り込み、亜伊夜の国の官僚の方を利用して、煌姫さまを連れ去ることを止めることができませんでした。
わたくしが恐ろしい企みを知ったのは、亜伊夜の国へ向かう船に乗せられた後でございました。
外国の御方とお酒の席を設けるから、ともに行こうと誘われてお屋敷を出たわたくしは、妙葵さまの馬に乗せられて大港へと参りました。
そこで亜伊夜の国所有だという船に乗った時、煌姫さまを拐かしてきたのだと知って生きた心地が致しませんでした。
ご体調のよろしくなかった煌姫さまのお側を、決して離れずにいようと心に決めて海を渡りました。
妙葵さまは第二室さまの侍女であった彩里さまに「私が煌姫さまを匿う」と嘘を吹き込み、冬の宮から煌姫さまを連れ出させたようでございます。
第二室さまや彩里さまがどうなってしまわれたのか、最早わたくしには知る術もございません。それでもわたくしの見聞きしたことを、こうして朱夏さまにお知らせするのがわたくしの務めと心得ます。
亜伊夜の国で、煌姫さまのお世話をするために王陛下の後宮へと連れて来られ、初めはどうしていいのか途方に暮れておりました。
妙葵さまとも引き離され、殿方は王陛下しかおいでにならないこの後宮で、何としても煌姫さまをお護りしなくてはならないと思いました。
幸い、と申し上げてよろしいのか、王陛下は幼い女人はお好みではないらしく、煌姫さまの操が守られましたことは、天に誓って真実でございます。長く朱夏さまの元をお離れになった煌姫さまに、どうかお疑いの目を向けられませんよう、お頼み申し上げます。
わたくしに王陛下のお手がついたことは、すでにお聞き及びでございましょうか。荒波に流されるような心地でおりましたが、煌姫さまをお護りできたことはわたくしの誇りでございます。
ですから、朱夏さまは御身をお責めになりませんよう。
妙葵さまに下賜されたことを、きっと悔やんでおいでだと思います。けれど、わたくしは今、不幸ではありません。
言葉もわからず、風習も違う国での暮らしに苦労がないとは申しませんが、王陛下はわたくしを慈しんでくださいます。
王陛下の御子を身籠ったわたくしに、後宮の方々もとてもよくしてくださいます。
ですから、朱夏さま。わたくしのことはご案じになられませんよう、お願い申し上げます。
四季の国からの迎えが到着しても、わたくしのお産までこちらに留まってくださった煌姫さまを、これから先ずっとお側でお護りあそばしてください。
煌姫さまを愛し、愛されて、四季の国が豊かになることを遠い空の下でお祈り申し上げております。
此度こうして文を認め、四季の国の外交官の方に言づけようとしておりました。
ですが、王陛下は案外妬心の強い御方。わたくしが他の殿方と言葉を交わすのを厭われまして、「俺が行く」と仰せになりました。
こちらの言葉はいまだ習っている最中でございますが、王陛下はわたくしと話す時にはことさらゆっくり話してくださるのです。それなのに、朱夏さまへのお文の話の時だけは、随分早口になってしまわれて聞き取れなかったのです。
後から侍女に聞いて、妬いておられたのだと知って笑ってしまいました。笑えた己に、驚きました。
そうなのです。わたくしは、この国で、笑って過ごすことができそうです。
きっと、前を向いて幸せに生きてみせます。
朱夏さまは朱夏さまの歩むべき道を、煌姫さまと歩んでくださいませ。
どうか、煌姫さまをお厭いになられませんよう、お願い申し上げます。
この国に滞在した間に、少し大人になられた煌姫さまは、ご自身のお心を表に出すのが苦手になってしまわれました。
それでも、煌姫さまのその芯の強いご性質は、夏の宮で過ごしておられた頃と何も変わっておりません。どうか、今目の前におられる煌姫さまを、しっかりと見て差し上げてくださいませ。
朱夏さまと煌姫さまがお健やかに、お幸せにお過ごしになられることを、わたくしはいつまでも祈り続けます。
りりぃな・春香・亜伊夜




