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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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弐佰陸拾壱

 

 窓から差し込む朝日の光にうっすらと目を開けた朱夏は、腕の中で寝息を立てる煌姫の顔をじっと見つめた。赤くなった目元をそっと撫でる。

 酒に酔ったためか、胸の内を明かしたためか泣き続ける煌姫を、寝台に横たわらせたのは夜更け過ぎのことであった。休ませようとする朱夏に抗い、子を授けてくれと泣きじゃくる煌姫は、成人を迎えたと思えないほど幼い顔をしていた。

 朱夏の胸に苦いものがこみ上げる。このまま奥宮で、舎利や親王たちの存在を感じさせながら過ごさせていいものか、朱夏にはわからなくなった。だからといって、舎利を春の宮や他の離宮に移すわけにもいかない。それはまた、重臣たちから突かれる隙となるのだ。

 はあっと息を吐き出し、朱夏は身を起こした。微かに軋んだ寝台の揺れに、煌姫が身動ぎする。目を覚ましはしなかったようで、朱夏はそっと額を撫でて寝台から降りた。

 天蓋の薄布を引いたままにしてやり、枕辺に用意されていた手水で顔を洗い口をゆすぐ。

 手早く着替えて寝所を出た朱夏は、続きの間に控えていた華永を呼び寄せた。

「おはようございます、今上さま」

「ああ」

「ご正室さまは……」

「まだ寝ている。疲れも溜まっておろうから、目が覚めるまで休ませてやれ」

 閉じた扉にちらりと視線を送った華永が、深く頷いて口を開いた。

「今上さまは、こちらで朝餉を召し上がられて朝議へ向かわれますか?」

「……第二室の元へ行く」

「それは……」

 眉を寄せた華永から視線を逸らし、朱夏は煌姫の私室を出る。黙ってついて来る華永からの圧を感じ、朱夏は溜息を吐き出した。

「何だ?」

「その、僭越ながら……ご正室さまと夜を過ごされた次の朝に、第二室さまの元へ渡られるのは、その……」

「不誠実か?」

 はっきりと尋ねた朱夏に華永が眉を下げる。言われるまでもなく朱夏にもわかっていた。煌姫に対しても舎利に対しても、酷い男だと自覚もある。だが、胸に重たい鉛のようなものを抱えたまま、表宮で政務を行う気にもなれなかった。

 軽く息を吐いた華永が、私室の扉を閉じながら密やかに告げた。

「ご正室さまには、秘しておきます。今上さまは、すでにご政務へ向かわれたことに致しますわ」

「……ありがとう」

 短く答え、朱夏は華永を残して舎利の部屋へと向かうのだった。


 前触れなく訪れた朱夏の姿に、春藍に乳をやっていた舎利が驚きに目を見開いた。春蒼には、寝台の側で乳母が乳を含ませている。朱夏の姿に慌てて胸元を隠す乳母に、朱夏は申し訳なく思いながらも舎利へ歩み寄った。

 浪嶺が肩から覆い布を被せてやり、舎利の胸元も隠される。

「突然、済まぬな。体調はどうか?」

「あ、はい。おはようございます。気分はよいですわ」

「よかった。春明は?」

 室内に姿の見えない長男の居場所を尋ねると、舎利がくすくす笑いながら答えた。

「和沙とともに、朝の花を摘んでおりますわ」

「朝の花?」

「ええ。弟たちの枕元に飾るのだと張り切りまして。わたくしも、こうして乳をやるところでしたから、朝餉までに戻ると約束して内庭に」

「そうか」

 舎利の隣に腰を下ろし、朱夏は浪嶺を振り返った。

「急で済まぬが、朕もここで朝餉をともにしたい。支度できるか?」

「厨に伝えて参ります」

 静かに出ていく浪嶺の背を見送って、朱夏は舎利の腕の中の春藍に視線を移した。母譲りの群青の髪がふんわりと生え、生まれたての頃よりも少しふっくらしてきたような印象である。

 ぷにっとした頬を指でつつき、朱夏は微笑んで舎利の額に口づけた。

「……どうかなさいましたの?」

 朱夏が昨夜煌姫の元に渡ったことを知っている舎利が、心配げに首を傾げる。春蒼を寝台に寝かせた乳母が、近寄ってきて舎利の腕から春藍を受け取った。

 離れていく乳母を眺めながら、朱夏はぼんやりと口を開いた。

「うん……少し、疲れて、な」

「……ご正室さまは、お健やかにお過ごしですか?」

 舎利の肩に重さがかからないように頭を乗せ、朱夏は息を吐いた。

「体は、健やかなのだと思う」

「……」

「心の内が、よくわからぬ」

 瞳を閉じて呟く朱夏の頭を、舎利の手が優しく撫でた。

「一つだけ、確かなことがございましてよ」

「うん?」

「ご正室さまは、朱夏さまのことを、深く慕っておいでです」

 驚いて目を開いた朱夏は、舎利の手が頭を撫でるのに身を任せたまま、続きの言葉を待った。

「朱夏さまと離れておいでだった時が長いのですもの。お心を交わすには、きちんとお互いのお気持ちを言葉にして伝える必要がありますわ」

「言葉にして……」

「女というものは、繊細なものなのですわ。ですけど、とても強い生き物でもあります。朱夏さまがお心を砕かれるご正室さまですもの。きっとよい方向へ向かわれますわ」

 昨夜の煌姫を思い出し、朱夏は思い悩んだ。帝の正室として、心強くいてくれるだろうか。

「今はまだ、環境の変化に戸惑われ、奥宮の空気に気持ちが落ち着かれずにおられるのでしょう。頼れる侍女長どのがついておいでです。穏やかに過ごされれば、きっと朱夏さまの愛するご正室さまにお戻りになりますわ」

 朱夏は、舎利にそれほど煌姫について多くを語ってきたわけではなかった。夏の宮でどのように過ごしていたか、朱夏とどのような会話を交わしてきたか。

 それでも、すべてを見透かして飲み込んでいるような舎利の言葉に、朱夏は確かに慰め励まされたのである。

「……其方に、甘えてばかりだな」

「たまにはよろしいのよ。でも、春明の前ではいけませんわ。拗ねますから」

 その言葉に堪えきれずに吹き出した時、扉から幼く元気な声が響いてきたのであった。



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