弐佰伍拾参
帝一族に新たに生まれた二人の親王は、それぞれ春藍、春蒼と名づけられた。
朝議の場で公表された双子の親王の誕生に、重臣たちも口々に祝いの言葉を朱夏へと贈った。
「まことに、めでたいことですな」
「左様。第二室さまへのご寵愛が、ますます深くなられるのでは?」
「これでご正室さまにも御子が授かれば、今上帝さまの御世は安泰でございます」
頷き合う重臣たちに、朱夏は苦笑を漏らして答えた。
「子は授かりものだからな。まだ正室が奥宮に移っていない内から、それは気が早いのではないか?」
「何を仰せでございますか、今上帝さま。そう呑気に構えておられてはなりませんぞ」
「いかにも。せっせとご正室さまの元にもお通いあそばして、励まれなければ」
拳を握って熱弁する重臣たちの表情に嘘はなかった。我が家から出した室でなくとも、外戚となれずとも、帝一族に順調に子が増えるのは歓迎すべきことである。
こほん、と軽く咳払いをして輝山の大臣が重臣たちの注意を自分に向けた。
「そのご正室さまですが。四日後にはご成人の祝いの宴を大内殿にて催します。その後奥宮へお移りいただき、今上さまを支えていただきたいと考えております」
輝山の大臣の言葉に重臣たちが頷き合う。ようやく、正しい場所に正しく人が戻るのだ。どの顔にも安堵の色が浮かんでいた。
「一月後の春藍親王さま、春蒼親王さまの披露目の儀の折に、春明親王さまの三歳の祝いも合同で行います。そして、親王さまがたには春の宮へお移りいただきます」
「警護の手配は済んでおられるのですか」
重臣の一人が挙手して尋ねた内容に、輝山の大臣が頷いた。
「無論のことです。輝山家からも湊刃家からも、信頼できる者を宮の警護に当たらせます。現在奥宮にて、第二室さまについている侍女の和沙どのが、乳母君とともに春の宮へと移ることとなっております」
「湊刃の方でしたな?第二室さまのお側が手薄になりませぬか」
「第二室さまの元へは、武芸の心得のある信頼できる侍女が残りますので、ご安心を。春の宮へ移る和沙どのの娘でもあります」
納得したように頷く重臣を見回し、輝山の大臣がさらに続けた。
「そこまでの手配が終わりましたなら、この私も大臣の位を降りさせていただきます」
「左の大臣に、湊刃のご当主が上られると?」
「いかにも。そして、我が嫡男が右の大臣に就かせていただきます」
これまで、幾度も話し合われてきたことである。己が家から大臣を出せずに臍を噛んだ重臣たちではあるが、輝山家と湊刃家という、帝の縁戚が廷臣の最高位に就くのは仕方のないことであった。
表立って、それ以上反論する者はいなかった。
朝議を閉じ、両大臣を伴って執務室へと戻った朱夏は、薬草茶で一息吐いた。長椅子の向かいに、輝山の大臣が腰を下ろしている。
「紘通の右の大臣への就任も、滞りなく済みそうだな」
「左様ですな。重臣たちは面白くないでしょうが。今上さまに娘御をことごとく追い返されたのですから、致し方ないこと」
ほくほくと笑い、朱夏と同じように薬草茶を飲みながら答えた祖父に、朱夏も苦笑した。
「引退したなら、其方は輝山の屋敷で暮らすのか?」
「せっかくですから、大港へ行ってみたいと思っております」
その答えに朱夏は目を丸くした。左の大臣を辞しても、すぐに会える距離にいてくれると思っていたのだ。
「何故、大港へ?」
「今上さまが熱心に取り組まれた外交の、船出と船着の場です。私は海を見たこともありませんのでな。生きている間に、一度は訪れてみたいと思っておりました」
都に生まれ、都で育った輝山の大臣は、外の世界を知らないと自覚していた。宮中での多忙な日々から悠々自適の暮らしを送れるのならば、これまで見たことのない景色を見たいと望んだのである。
ふ、と息を漏らし朱夏は頷いた。
「だが、老いた身に長旅は心配だ。信用の置ける者を警護につけ、無理のない旅程を組むべきだぞ」
朱夏の言葉に、輝山の大臣はわざとらしく目を丸くしてみせた。
「何と、よもや今上さまからそのように、年寄り扱いされるとは思いませなんだ」
「ふざけている場合ではないぞ。旅の途上では、宮中と違って何があるかわからぬ。野盗の類いとて、高貴な相手だと見定め襲ってくるやもしれぬ」
「その心配を、今上さまが大港へ赴かれる度に、この祖父もしたのですぞ」
恨めしげな声に朱夏は肩を竦めた。
二人のやり取りを黙って聞いていた汐之が、己の席に座ったまま吹き出す。
「今上さま。大港までの道は随分整備されましたし、昼の間に馬を走らせるならばそれほど危険はございませんよ」
「おや、湊刃の大臣。私に馬を駆って行けというのか?」
「これはご無礼を。ですが、仰々しく輿で行かれては、それこそならず者に目をつけられるやもしれません」
たった今安全だと言い切ったばかりである汐之の言葉に、輝山の大臣は大袈裟に眉を顰めてみせた。
「まったく。年寄りを脅かすものではない」
「まあ、よい。すべては煌が奥宮へ入り、親王たちが春の宮へ移ってからのことだ。旅をするにはよい気候であろう」
今宵は夏の宮に渡ることになっている。
薬草茶を飲み干し、今日の執務を片づけるために朱夏は立ち上がったのだった。




