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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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弐佰伍拾壱

 

「ははうえー!」

 産室に響き渡った大声に、舎利がはっと瞳を開けた。三の親王に乳を含ませたままであった舎利は、慌てて産室の扉に視線を向ける。その頭を、大きな手がそっと撫でたことに気づき、体から力を抜いた。

「春明。部屋に入る時には、きちんと挨拶せねばならぬ」

「……やっ。ちちうえ、きりゃい!」

 三の親王の体を乳母の腕に預け、舎利が胸元を整えた。朱夏がその身を、そっと産台に横たえてやる。

 三年前の経験で、朱夏にももうわかっていた。この後、舎利は後産と呼ばれる最後の一仕事が控えているらしい。春明の時にも、朱夏は産室を追い出されたものである。

 和沙の視線を受け、苦笑しながら朱夏は産台を離れた。舎利の額に口づけを落とすのを忘れずに。


 扉の側で乳母に押さえられている春明の前で、朱夏はしゃがみ込んだ。

「春明。母上はもう少し、仕事が残っている。父とともに、隣でお待ちしよう」

「いや!」

「そうか。其方は兄上になったというのに、そのような我儘を言っていていいのか?」

「……あに、あにうえ?」

 癇癪を起こそうとしていた春明が、朱夏の言葉に目を大きく見開いた。そっと、小さな手を取ってやる。

「そうとも。其方には、弟が一度に二人もできたのだぞ。この花は、弟に贈るためのものではないのか?」

 春明の手の中で、朝摘みの菫が萎れかけていた。乳母を供に、朝から内庭に出て手ずから摘んできた花である。

「おはにゃ!あげゆの!」

「そうだな。だが、一輪しか摘まなかったろう?其方の弟は二人いる。もう一輪、摘んできてやらねばな」

「う?ふちゃり?」

 難しく考え込む素振りを見せる春明を抱き上げ、朱夏は産室を振り返った。

「春明と内庭へ行ってくる。和沙、浪嶺。舎利を頼んだぞ」

「かしこまりました」

「烏。内庭へ下りる。供をせよ」

「御意」

「あーっ!ははうえぇ!」

 歩きだした朱夏の腕の中から、春明が必死に叫ぶが扉は無情にも閉じられた。春明がいては、舎利の気が散ると侍女たちが気遣ったためである。


 ぐずぐずと泣き出した春明を連れ、朱夏は回廊を回り込んで内庭へと下りた。そっと、小さな体を下ろしてやる。

「そら、春明。弟のための花を摘むのであろう?いつまでも泣いていては、兄上として笑われるぞ」

「……うぅー」

 小さな背を押してやり、朱夏は花の咲く一角へと息子を誘った。鼻をぐずぐずと言わせながらも、素直について来る。

 花壇の側にしゃがみ、朱夏は春明に話しかけた。

「春明。せっかくだから最も綺麗に咲いている花を贈ってやろう。兄君からの最初の贈り物だ。きっと弟たちも喜ぶぞ」

「……おはにゃ、こりぇ」

 手に握りしめた菫を掲げてみせ、春明が口をへの字に結んだ。その表情に吹き出しかけた朱夏は、必死に真面目な顔を作る。

「そうだな。その花もよい。だが、それでは弟の一人にしかやれない。よいのか?」

「んー……おちょちょ、ふたちゅ?」

 指を二本立てた春明に、朱夏は微笑んで頷いてやる。

「そうだ。二人とも其方の弟だ」

「おはにゃ、ふたちゅ?」

「そうとも。二人の弟に、二つのお花だ」

 春明の頭を撫でてやり、朱夏は花の方を指した。

「さあ。どれにする?其方が兄として選んでやるとよい」

 舎利の休む産室までは、まだしばらく春明は入れないだろう。ゆっくりと、美しく咲く春の花を選ばせてやりたかった。

 真剣な表情で花を見つめる春明を見守る朱夏の側へ、烏が近寄ってきた。密やかに声が掛けられる。

「今上さま。両大臣から祝いの書状が届いたようです」

 執務室で親王の誕生を待つ両大臣は、双子であったとの奥宮からの知らせに即座に返信してきたのだ。

「祖父上も義父上も、素早いことだな」

「お二人も御子さまが同時に生まれるなど、珍しいことでございますからね」

「そうだな。……民の間でも、あまり聞かぬか?」

 朱夏の問いに、烏はしばらく考えて頷いた。

「そもそも、民では腹で赤子が二人も育つほど、余裕のある暮らしの者が少ないでしょう。母か子か、どちらかに栄養が行き渡らず、無事に誕生することは稀です」

「そう、か……」

「高貴な御方ですと、お二人も身籠られることがなかなかございません」

 ようやく気に入った花を見つけたらしい春明が、地に袖をつけながら慎重に菫を摘もうとしている。

「今上さまの御世において、こうして無事に親王さまが増え続けるのは、吉兆だと思われます」

「……うん」

「第二室さまも御子さまもご無事で、よろしゅうございました。お慶び申し上げます」

「ああ」

 しかし、双子が生まれたことを煌姫にどう伝えるべきか、朱夏は頭を悩ませていた。子が欲しいと、あれほど切望しているのに。

「ちちうえー!これ!このおはにゃ、おちょちょあげゆのっ」

 内庭に響く春明の声に、朱夏は気持ちを切り替えた。



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