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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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256/299

弐佰伍拾

 

 暖かな風が四季の国を吹き渡り、春の花々が咲き誇るうららかな昼下がり。

 奥宮の最奥、白一色で統一された産室に赤子の元気な泣き声が響き渡った。


 昨夜遅くに舎利が産気づいたとの知らせを籠宮で受け、烏を連れて奥宮へと駆けつけた朱夏は、春明の時と同じように産室の隣室へと押し込められた。

 輝山の大臣と汐之に文を出し、起きてから母に会えずにぐずる春明を抱きかかえて、うろうろと落ち着きなく歩き回っている。

 烏が淹れた薬草茶は卓の上ですっかり冷え、産室から聞こえるくぐもった舎利の声と、腕の中の春明の泣き声で朱夏は落ち着かなかった。

 近頃襁褓(むつき)を外して過ごすことの多くなった春明だが、常にない緊迫した奥宮の様子に不安が募ったらしい。朱夏の腕の中で、じんわりと袴を濡らしてしまった。

 温かさに気づいた朱夏が、驚き慌てて春明の乳母を呼んだ。その瞬間の出来事であった。産室から、大きな産声が上がったのである。

 はっとして、朱夏は春明を抱えたまま産室へ飛び込もうとした。慌てた乳母の声が追いかけてくる。

「うっ、今上さまっ。親王さまをこちらへっ。お召し替えを致します」

「あ、ああ……そうだな。頼む」

 振り返った朱夏が乳母に春明を預けようとした時、再び産室から泣き声が聞こえた。目を見開いた朱夏が、乳母と顔を見合わせる。

「何だ?何故二度聞こえた?赤子とは、あのように泣くものか?」

 春明が生まれた時との違いに朱夏は動揺した。乳母も答えを持たず、春明を抱えて首を傾げる。

 大きく産室の扉が開かれ、白装束を纏った浪嶺が汗だくで出てきた。朱夏を見つけて微笑む。

「世を遍く照らす今上帝さまに、二の親王さま、三の親王さまのご誕生を、お慶び申し上げます」

 その言葉に、朱夏が固まった。浪嶺の寿ぎの言葉が、頭の中を素通りしていくようであった。

「……三の、親王?」

 ぽかん、と口を開けた朱夏に、浪嶺が涙ぐみながら頷いた。

「はい。お方さまは、お健やかな双子の親王さまをお産みあそばしました」

「ふた……双子」

「産み月近くは、春明親王さまの頃よりもお腹が大きく膨らんでおりましたので。よもやと思っておりましたが、まさかお二人も入っておられたとは」

 満面の笑みを浮かべる浪嶺に促され、朱夏は震える足を叱咤して産室へと入った。


 産台に身を横たえた舎利の額の汗を、和沙が丁寧に手巾で拭っていた。

 生まれた赤子は産湯で清められ、血に染まった白布は朱夏の目に触れないように片づけられている。

 ぎくしゃくと、右手と右足を同時に出した朱夏は、己の動きに我に返って苦笑した。ゆっくり、舎利に歩み寄る。

「舎利。気分はどうだ?」

「……朱夏、さま」

 潤んだ瞳で見上げられ、朱夏は微笑んだ。そっと頭を撫でる。

「無事に二人も親王を産んだと聞いた。よく頑張ってくれた」

「はい……」

「体は?辛いところはないか?」

 朱夏に尋ねられ、舎利が眉を下げて微笑んだ。

「少し、疲れてしまって……」

「腹に二人も子がいたのでは、重くて動くのにも難儀したであろう。私に子を与えてくれて、ありがとう」

 真っ白な絹の産着を着せられた赤子が、乳母の手によって朱夏の元へと連れて来られた。もう一人の赤子は、和沙が抱いて連れて来る。

「お抱きになりますか、今上さま?」

「ああ、いや。生まれたての赤子など、落としてしまいそうで怖い」

 乳母と和沙の腕の中で、皺だらけの顔が二つ並んでいた。

「初めのお乳を差し上げなくてはなりませんが。お方さま。お二人分ですので、もう少し頑張ってくださいませ」

「……ええ」

 浪嶺に支えられて身を起こした舎利が、白装束の胸元をはだけさせる。

 頬を染めながら、朱夏はそれでも手伝おうと舎利に近寄った。春明の時は、気恥ずかしくて動揺して、目を逸らしていたことを思い出す。

「舎利、私が背を支えよう」

「まあ。恐れ多いこと……」

「和沙。どちらが二の親王だ?」

 和沙と乳母に抱かれてやって来た赤子に目を向け、朱夏は尋ねる。

「和沙がお抱き申し上げているのが、二の親王さまでございます。産着の襟元、ここに印を」

 和沙の示した赤子の襟元に、赤い飾り紐が結びつけられていた。先に生まれた二の親王の産着に、目印として結んだらしい。

「成る程。では、其方からだ」

 和沙の腕の中の赤子に話しかけ、舎利が乳をやるのを朱夏は手伝った。いまだ恥ずかしくて直視はできないが、幸せそうな舎利の顔を見ているだけでこちらまで嬉しくなるようであった。

 赤子に乳を含ませながら、舎利が尋ねた。

「春明は、どうしておりますか」

「うん。それが、な……」

 朱夏の腕の中で漏らしてしまったことを、舎利に伝えるか朱夏は迷った。今は、疲れを癒してもらいたい。

「朱夏さま?」

「奥宮の空気が常と違ったろう?少し、粗相があってな。今、乳母が着替えさせている」

「まあ……」

 目を丸くした舎利の胸元から、二の親王の体を和沙が離した。三の親王が、乳母によって近づけられる。

「さあ、お方さま。三の親王さまにも、お乳を」

「ええ」

 ぐらり、と舎利の体が傾いた。慌てて支える朱夏に、疲れの滲んだ声が謝る。

「も、申し訳……」

「よいから。私が支えている。力を抜いて、楽な体勢でいればよい」

「……はい」

 双子それぞれに乳を与えながら、舎利は朱夏を背にうとうとと微睡みだした。



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