弐佰肆拾漆
この年最初の朝議が開かれた。
議題は次の大船に乗せる交易品について。
北領からの雪中果実の献上について。
春を待っての輝山の大臣の引退に伴い、新たに当主に立つ嫡男の大臣就任について。
夏の宮から奥宮へと、煌姫を移す支度について。
様々に話し合われる内容に、朱夏はじっと耳を傾けた。
「輝山のご嫡男はまだお若い。いきなり帝の左の大臣ご就任というわけにはいきませんぞ」
「今上帝さまよりも、十ばかりお年上でございましたな?」
「左様。重臣として朝議の場に出られるにも、年若いですな」
輝山の大臣の嫡男は、長男と次男を相次いで疫病で亡くしたために、末息子がその座に就いていた。朱夏よりも十歳上のその嫡男は、美紘の弟であるため朱夏の叔父にあたる。これまでは位の高くない文官として、宮中に伺候していた。
「方々が仰せのように、我が嫡男はまだ年若く、今上さまの左の大臣を仰せつかるには早いと思われます。そこで私から提案ですが、湊刃の大臣に今上さまの左に就いていただくのはいかがですかな」
輝山の大臣の言葉に場がどよめく。ざわざわと、互いに顔を見合わせて不満げな表情を見せる。
「湊刃の大臣が左の大臣となられましたら、輝山のご嫡男を右の大臣の位にお就けするということですか」
「それは専横というものではございませんかな」
「いかにも。今上帝さまのご縁戚といえど、お若く経験も浅いご嫡男を右の大臣になさるのは……」
堂々巡りである。重臣たちとしては、いずれ輝山家から大臣が出ることは理解していた。だが、豊富な経験を持たない嫡男をひとまずは重臣の一人に据えて、その間の繋ぎとして己が家から大臣を出したいのが本音である。
「他家から大臣を据えるとして、どこのどなたが適任だと思われますかな」
輝山の大臣の問いには、皆押し黙った。我が家の息子を、と声を大にして言いたいが、この場に集う他の家々との兼ね合いもある。輝山家と湊刃家以外に、飛び抜けて力を持つ家などないのであった。これまで朱夏が均衡を保つように、両大臣と協議してきた結果である。
「これといった方がおられないのならば、やはり我が家から出すのが順当ではありませんかな。今上さまの覚えめでたく、ご正室さまとも、第二室さまのご生家とも軋轢など起こりませんでしょう」
「いや、しかし……」
「それとも、湊刃家のご嫡男を抜擢しますかな?我が嫡男と違い、宮中のことはあまりご存知ではないが」
汐之の長男は、基本的に大港で船の管理を担っていた。朱夏が大港に赴いた際には余所へ出向いていたため顔を合わせたことはないが、清津とともに船乗りたちに慕われていると報告を受けている。
「そのようなことをなさっては、今上帝さまの左右に湊刃家の者だけが並ぶことに」
「いくらご信頼厚いと言っても、それは些か偏愛が過ぎるのでは……」
「左様。我ら旧家の者を蔑ろにしていると、今上帝さまのご評判に影を落としますぞ」
顔を真っ赤にさせたのは、輝山家の次に古い名家の当主であった。いつか朱夏の奥宮に娘を送り込み、親王を産ませて外戚となりたいと目論んでいた男の筆頭である。
「其方らの家を蔑ろにしているわけではない」
静かな朱夏の言葉に、重臣たちの視線が向いた。
「春になれば、我が正室は奥宮に入る。春明親王も、第二子とともに春の宮へ移る。両大臣と顔を合わせる機会も増えるだろう」
舎利が産む第二子も、恐らく親王であろう。これまでの四季の国の長い歴史の中で、帝に内親王が誕生した記録は数えるほどしかなかった。
「朕の大切な妻子である。式典や宴で顔を合わせた際に、余計なことを吹き込むやもしれぬ大臣では困る」
「今上帝さま、それは……」
「其方らがそうだとは言わぬ。だが、朕が信を置く家から大臣を迎える方が、安全だと思えるのでな。新顔を、正室や第二室、親王の側近くに置きたくはないのだ」
「……」
警護が厳重な奥宮はまだしも、春明が移る予定の春の宮では、邪な考えを持つ者の侵入を防ぎきれないかもしれない。舎利には決して言えない懸念であるが、朱夏は春の宮の護りを手厚く固める心づもりであった。
「輝山の大臣は朕の祖父上。そして、当主となる嫡男は朕の叔父上だ。我が子と会う機会の多い位に就けるのは、当然であろう?」
湊刃の大臣である汐之は親王の祖父である。現在四季の国にいる帝一族を支えるのに、これ以上ない布陣であった。
黙り込んだ重臣たちを見渡し、朱夏がさらに口を開く。
「其方らの家は其方らの家で、これより政で結果を出せばよい。朕は何度もそう言ったはずだな?朕が目を瞠るほどの何かを成せれば、大臣の位に就くことも夢ではないやもしれぬぞ」
にやり、と口角を上げてみせ、朱夏は御座から立ち上がった。輝山の大臣が、朝議の場を閉じるための口上を述べる。
この後予定されている輝山家の嫡男との顔合わせのために、朱夏はその場を後にするのだった。




