↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

252/298

弐佰肆拾陸

 

 奥宮の舎利の私室で朝を迎えた朱夏は、和やかな朝餉の時間を過ごしていた。

 春になって第二子が誕生すれば、一月の披露目を待って春明とともに春の宮へと移す支度が始まる。

 こうして親子水入らずで過ごせる時間は、それほど残っていなかった。

「ははえ。こえ、ちゅんめぇ、いや」

 朝餉の膳の一角を指し、春明が眉間に皺を寄せて頭を振っている。指し示されたのは、新年に食される魚の煮物であった。

「あら。春明はお魚が好きでしょう?嫌なの?」

 朱夏の杯に水を注ぎながら、舎利が首を傾げた。

「やぁよ!」

 幼子用の椅子に腰掛け、和沙の給仕を受けていた春明が手にした匙を振り回す。がちゃん、と音を立てて膳の上で皿がひっくり返った。

「……春明」

 朱夏の低い声に、春明の肩が跳ねた。

「行儀が悪いな、春明」

「やーあーっ!こえ、ちゅんめぇ、やっ」

 ぶんぶんと腕を振る春明の匙の先が、和沙の手の甲に当たった。先の尖ったものではなくとも、力いっぱい振り回された勢いそのままにぶつけられ、和沙が一瞬だけ痛みに顔を顰める。

「まあまあ、親王さま。今日はご機嫌が悪うございますか?」

 笑顔を浮かべた和沙が、春明の手から匙を受け取った。膳の上でぶち撒けられた中身を、乳母から手渡された手巾で丁寧に拭いていく。

「しっかり召し上がりませんと。お父上さまのように大きくなれませんよ」

「やっ」

「まあまあ、困りましたわねえ」

 膳の上を綺麗に整え、和沙が再び匙を春明に持たせようとする。だが、頭を大きく振って春明が椅子から飛び降りた。受け止めようと腕を広げた和沙が、体勢を崩してふらつく。

「……っ」

「お母さま、危ないっ」

 咄嗟に支えた浪嶺が、和沙が倒れなかったことに安堵の息を吐く。その間に、春明が長椅子の舎利の足元へと駆け寄った。

「ははえ!らっこ!」

「まあ、春明。母はお父上と朝餉の最中ですよ。其方も、きちんとお席で朝餉を食べなくては」

「やっ!」

「どうしたのかしら。今朝は聞き分けがないのね?」

 首を傾げながら春明を抱き上げようとした舎利の手を、朱夏がそっと制した。

「今上さま?」

「春明。何がそれほど嫌なのだ?」

「うぅー……」

「朝から我儘を言って、母を困らせるものではない。和沙にも、怪我をさせるところであったろう?」

 朱夏の言葉で春明が和沙に視線を向けた。浪嶺に支えられ、春明が飛び降りたことで汚れてしまった椅子を拭いている。

 舎利に視線を戻した春明が、唸りながら床に座り込んだ。苛立ちを表すように、両手で床を叩いている。

「……わたくしのせい、かしら」

 ぽつりと零された一言に、朱夏が舎利に視線を移す。

「舎利?」

「近頃、わたくしも腹が重たくて、春明を抱いてあやしてやることができませんから。和沙や浪嶺も、まずはわたくしの体調を考えてくれるから、春明は寂しい思いをしていたのかもしれませんわ」

「それは……しかし、このように癇癪を起こすのを許しては、親王として……」

 難しい表情を浮かべる朱夏の腕に、舎利が宥めるように手を置いた。

「それと、今上さまがこうして朝をともに過ごしてくださるから。甘えているのかもしれません」

「甘えて?」

「ああ、責めているわけではありませんのよ?けれど、こうしてこのお部屋で朝を迎えてくださるのは、少し久しぶりでしょう?お父上に甘えて、我儘を言っているのかもしれませんわ」

「う、む……」

 床に座り込んだ春明に、和沙が近寄ってきた。両腕を広げ、危なげなく抱え上げる。

「あー!かじゅちゃ!やぁーよっ」

「まあまあ、親王さま。和沙がお抱き申し上げるのは、お嫌でございますか?和沙が泣いてしまいますわよ」

「やっ。かじゅちゃ、めぇめぇ、らめっ」

「ええ、ええ。和沙は親王さまが笑ってくだされば、泣いたり致しませんわ。さあ、お食事を続けましょうね」

 背を叩きながら、和沙が春明を再び座らせようとする。その一瞬、朱夏に向けられた春明の瞳に不安そうな色が見て取れた。

 舎利の言う通りかもしれない。常に側にいてやれるわけではない朱夏へ、精一杯構ってもらおうとしているのかもしれなかった。

 溜息を堪え、朱夏は立ち上がって春明の椅子へ近寄った。

「……今上さま?」

 春明に食事を再開させようとしていた和沙が、一歩後ろへ下がった。床に膝をつき、朱夏は春明の顔を覗き込む。

 瞳に溜まった涙を、ぐいっと袖口で拭っている。

「春明。泣かぬは立派であった。だが、男子たる者、女人を困らせるものではない」

「うぅー……」

 春明の頭を撫で、和沙がしていたように匙をその手に握らせてやる。

「今日は、父も仕事を休みにしよう」

「うぇ?」

「こうして、其方や母の元で一日、ゆっくりと過ごそう。それで、どうだ?」

 朱夏の提案に、舎利が心配そうに声を掛けた。

「よろしいの?」

「ああ。どうせ今朝は、昨夜の宴の酒が残り、皆も政どころではなかろう。新年休みはどこかで取らねばならぬのだ」

「……いっちょ?ちちえ、ははえと。ちゅんめぇも、いっちょ?」

 じっとこちらを見上げる瞳に期待の色が浮かんだのを見て、朱夏は大きく頷いた。

「そうだ。今日はずっと一緒だ」

「うれち!ははえ、うれちね!」

 先ほどまでの癇癪が嘘のように、にこにこと笑顔を浮かべる春明は、その後行儀よく朝餉を口に運んだのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。