弐佰肆拾壱
朝議の場で、帝が正室と初夜の儀を済ませたことが発表された。
集った重臣たちが安堵の息を漏らす。これでようやく、正統な世継ぎが誕生するかもしれないと、どの顔も喜色に染まっていた。
「では、明後日の朝には、寿餅が民に振る舞われますな」
帝と正室の成婚は、初夜から三日を数えた朝に正式に成立する。国中が祝うべき慶事の一つであるため、首尾よく成せた暁には振る舞い酒や祝い餅が民に振る舞われるのである。
「すでに手配は終えてございます。今宵と明日の夜、今上さまが夏の宮へお渡りになられた後で、民へ配られるように本宮の蔵で用意がしてあります」
輝山の大臣の言葉に重臣たちが頷く。その内の一人が、発言の許可を求めて手を挙げた。
「それで、ご正室さまの奥宮へのお移りは、いつ頃になりますか」
その質問に、朱夏の眉が上がる。久々に晴れやかな笑顔を見せてくれた煌姫ではあるが、舎利や春明の過ごす奥宮にすぐに移していいものか、まだ決めかねていた。
「ご正室さまのご体調を見て、ご気分がよろしいようでしたなら、今上さまと我ら両大臣とで協議致します」
「左様でございますか。やはり、ご正室さまが奥宮においでであるのが、当然のあり様でございますからな」
「何、第二室さまをあれほど早く身籠らせることのできた今上帝さまです。ご正室さまとて、すぐにお世継ぎを授かることでしょう」
「正統なご嫡子のご誕生が、待ち遠しいことですなぁ」
重臣たちのしたり顔を受け流し、輝山の大臣が続ける。
「それと、夏の宮で長く侍女長として仕えておいでだった秋穂どのでございますが。近頃お年のためかご体調が思わしくなく、東領のご生家へ戻られる運びとなりました」
奥宮で春明を害そうとしたことは、重臣たちには伏せられたままである。
ざわざわと、重臣たちが顔を見合わせ始めた。
「それでは、後任の侍女長どのはどうなさるのですか」
「ご正室さまはいまだ夏の宮に留まっておいでです。方々が仰せのように、奥宮へ移られる時に侍女長を選定したいと今上さまはお考えです」
「どちらのお家から」
「よもや、再び湊刃家から取り立てるおつもりではございませんでしょうな?」
重臣の一人の詰問に、汐之は肩を竦めただけで答えなかった。代わりに朱夏が口を開く。
「来年、正室の成人を待って輝山の大臣が引退を表明した」
ざわり、とその場の空気が揺れる。朱夏自身、今朝夏の宮から執務室へ入った時に告げられたのである。これまで献身的に支えてきた祖父の引退表明に、動揺を隠せずにいた。
「それを機に、家督も譲るつもりだそうだ。新たな輝山の大臣の就任に合わせて、輝山家から侍女長を出してもらいたいと考えている」
「輝山家は今上帝さまの外戚家ですから、大臣を新たに立てるのはよろしいかと存じますが……」
「奥宮を取りしきる侍女長まで選出なさるとは、少々ご贔屓が過ぎませんかな」
不満を口にする重臣たちではあるが、現状朱夏と縁戚関係にあるのは輝山家と湊刃家だけである。確固たる地位を築く両家に割り込むほど、己が家が帝の信頼を得ていないことも自覚していた。
「其方らの家から侍女長など取り立てては、新たに無駄な諍いが起こるであろう。重用された家への妬心も湧く。輝山家からならば、其方らも納得するであろう?」
朱夏の言葉に、重臣たちは視線を交わし合った。いずれかの家から侍女長が選任されれば、その地位に取って代わろうと、足を引っ張ろうと考える者は必ず現れる。
「朕の掲げていた方針である密な外交は軌道に乗った。正室も無事戻った。第二室には親王も生まれ、今後嫡出の子ができようとできまいと、世継ぎの問題もない」
「いや、今上帝さま。しかしそれは……」
「無論、其方らが納得するよう朕も励むつもりではいるが。こればかりは授かりものだ」
重臣たちを見回して、朱夏が言葉を続ける。
「よき方向へ向かう我が国で、我が正室に耳障りな言葉を入れる者など、奥宮には不要だ。其方らの家から侍女長など迎え入れれば、必ず正室に『御子を』などと囁く者が現れるだろう」
「……」
押し黙った重臣たちに、朱夏は諭すように言い聞かせた。
「其方らの家からも、優秀な者は文官や武官に取り立てられるだろう。奥宮にまで手を伸ばす必要はない」
きっぱりと言い切った朱夏は、御座から立ち上がった。
「朕と国に仕え、朕を支えて盛り立ててくれることを期待している」
「それでは、本日の朝議はこれまでと致します。方々、ご苦労さまでございました」
すかさず朝議の場を閉じた輝山の大臣に、反論の声は上がらなかった。




