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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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弐佰参拾陸

 

 針を落としても聞こえそうなほどの静寂が、朱夏と煌姫を包む。

 いつの間にか、煌姫の頬を涙が伝っている。苦しそうに眉を歪め、唇を噛んで震えているその姿が、痛々しくて仕方がなかった。

 再びしゃがみ込んだ朱夏は、膝の上で握られている煌姫の手に手を重ねる。

 ぴくり、と煌姫の指先が震えた。そっと、手の甲を撫でながら朱夏は口を開く。

「其方は私の妻だ。其方の望みには応えたい」

「……朱夏、さま」

「だが、其方は来年成人を迎える。それまで、閨をともにするつもりはない。其方の体に負担をかける」

 ふるふると、煌姫が首を横に振った。その拍子に、瞳から幾筋も涙が零れ落ちる。

「わた、わたくし……もう大人です」

 濡れた瞳で朱夏を見据え、煌姫が必死に言い募る。

「朱夏さまは、わたくしを、妻だと仰せです。わたくし……わたくしも、朱夏さまに愛されて、御子が欲しい……」

「煌……」

 眉を下げた朱夏に、煌姫が怯えたような視線を向ける。

「こんな……はしたないわたくしでは、朱夏さまに……っ。嫌われてしまいます、か……?」

「私が其方を嫌うことなどない」

「で、でもっ。会いに来て、くださらな……っ」

 嗚咽を漏らした煌姫に、朱夏は目を見開いた。夏の宮への訪れを止めるように秋穂から伝えられ、そのまま従った己は何と愚かだったことか。

 何故、煌姫ともっと顔を合わせ、話をしなかったのかと悔やまれた。握る手に力が込もる。

「……済まぬ。其方が、私に会いたくないと思ったのだ」

 朱夏の言葉に、煌姫が弾かれたように顔を上げた。

「嫌われたくないのは、私も同じだ。其方は男が怖いと言った。大陸で何を見たのか聞かせてもらっていないが、其方の心が落ち着くまで、私は顔を見せぬ方がいいと思ったのだ」

 弱々しく頭を振り、煌姫が何とか笑顔を浮かべようと口元を動かす。

「朱夏さまを、怖いだなんて……思いませんわ」

「だが、恨んでいるのだろう?」

 舎利と春明を冷たく見つめていた、感情を消した顔を思い出す。今話すべきことではないのかもしれない。だが、煌姫と向き合うのなら、避けては通れない話題でもあった。

「政の、難しいお話だと、秋穂が……」

「それも事実だ。だが、其方のいない間、私の心を慰めてもらったのも本当のことだ」

「……っ」

 煌姫の表情が苦しげに歪む。帝の正室として、側室を束ねることもあると本来ならば教育されているはずだった。だが、正室としての教育が始まる前に、遠いところへ連れ去られてしまった。

 煌姫に責はまったくない話であった。何故理解してくれないのかと、責めることは朱夏にはできない。ただ、誠実に謝ることしかできなかった。

「其方だけだと約束した私を、不誠実だと恨むのならそれでもよい。其方の気が済むまで謝ろう。済まなかった、煌」

「……っ」

「責めるのは、私だけにしてほしい。第二室や親王に、怒りを向けないでやってほしい」

 唇をきつく噛みしめた煌姫に、朱夏はそっと手を伸ばした。肩が跳ねるのにも構わず、親指で煌姫の唇に触れる。

「噛むな。傷ができる」

「……わた、わたくしは……どうしていいのかわからない」

「うん」

 長椅子の隣に座り、朱夏は煌姫の肩をそっと抱き寄せた。

「でも……垣間見た御子さまは、お可愛らしくて……第二室さまも、お優しそうで……っ」

「そうだな」

「だから……朱夏さまがっ。朱夏さまに愛されて当然の、方々で……」

 煌姫の肩を撫で、朱夏はじっとその言葉を聞いた。一言も聞き漏らすまいと、煌姫の想いを受け止めようと、ただその場に留まり続ける。

「わたくしの、成人まで待つ、と……朱夏さまは仰せになったけど。でも……」

「うん」

「わたくしが、待てない……っ!朱夏さまにっ、愛されているのだと、信じさせてほしいの……っ」

 ぎゅっと瞳を閉じた煌姫を、朱夏は困惑しながら抱き寄せた。腕の中で、細い体が震えている。

 薄茶色の髪を撫でながら、朱夏は様々に考えを巡らせる。いまだ十四の煌姫と閨をともにすることなど、これまで考えたこともなかった。来年の成人を待って初夜の儀を行うのだと、これまでずっと思ってきたのだから。

 だが、悲壮な顔で言い募る煌姫の願いを、無下に退けることもできそうになかった。舎利や春明の姿を見たことで、煌姫の中でどのような葛藤があったのかもわからない。

 正室との初夜を済ませれば、嫡出の御子をとうるさい重臣たちを黙らせることもできる。そんなことを考えてしまう己に、朱夏は自己嫌悪に陥った。

 腕の中で身動いだ煌姫に視線を戻す。怯えたように、それでもじっと朱夏を見上げている。これほど真っ直ぐに見つめ合ったのは、随分久しぶりのような気がした。

 ふう、と息を吐き出し、朱夏は煌姫の額に口づけた。

「しゅっ、朱夏さま……っ」

「其方の望みを叶えよう。今宵、夏の宮へ渡って参る。莉羅に支度を整えてもらえ」

 朱夏の口づけ一つで真っ赤になった煌の頬にもう一度唇を押し当て、朱夏は長椅子から立ち上がった。

 扉外に控えていた莉羅を呼ぶ。

「今宵、煌との初夜を過ごす。そのつもりで支度するように」

「……っ。かしこまりました!」

 重たい内心を押し隠し、朱夏はひとまず本宮へ戻ることとした。



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